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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手でひも解く世界の歴史(9)
2017-10-05 Thu 08:05
 本日(5日)16:05から、NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第9回が放送される予定です。(番組の詳細はこちらをご覧ください)。今回は、10月9日に没後50周年を迎えるチェ・ゲヴァラにスポットを当てて、この切手もご紹介しながら、お話をする予定です(画像はクリックで拡大されます)

      キューバ・ゲヴァラ終焉の地

 これは、ゲヴァラ没後5周年にあたる1972年にキューバが発行した切手で、ゲヴァラと彼がボリヴィア政府軍に捕えられたケブラダ・デル・ジューロ(ユーロ)の位置が示されています。ゲヴァラは地図に記載の場所から7kmのラ・イゲーラに移送され、殺害されました。

 エルネスト・ラファエル・ゲヴァラ・デ・ラ・セルナは、1928年6月14日、アルゼンチン第2の都市、ロサリオの裕福な家庭に生まれました。ブエノスアイレス大学医学部在学中の1951年、高校時代からの友人、アルベルト・グラナードと2人で南米大陸をオートバイで縦断旅行し、中南米諸国の絶望的な貧富の格差やアメリカによる経済支配の実態などを目の当たりにして、次第に共産主義に傾斜していきます。

 1953年の大学卒業後、フアン・ドミンゴ・ペロン独裁政権下の軍医として徴用されることを嫌ったゲヴァラは出国し、ボリヴィア、ペルー、エクアドル、グアテマラなどを経てメキシコにいたり、1955年6月、キューバのバティスタ独裁政権に抵抗して亡命中だったキューバ人革命家、フィデル・カストロと出会います。

 ちなみに、“チェ・ゲヴァラ”の “チェ”は、もとは、アルゼンチンなどで日常的に用いられているリオプラテンセ・スペイン語で呼びかけの「やぁ」「おい」、愛称の「お前さん」などの意味です。ゲヴァラがカストロに“Che, Ernest Guevara(やぁ、俺はエルネスト・ゲヴァラだ)”と自己紹介した際、居合わせたキューバ人は、当初、“チェ”の意味が理解できず、以後、それが彼のあだ名として定着。本人も“チェ”のサインを用いるようになりました。

 カストロと意気投合したゲヴァラは、すぐにキューバ革命への参加を表明。軍事訓練を受け、1956年12月、カストロらとともにヨット“グランマ号”でキューバに上陸します。当初、ゲヴァラら革命派は圧倒的に不利な状況にありましたが、キューバ国内のさまざまな反独裁勢力に支えられ、徐々に勢力を拡大。1959年1月1日、バティスタ政権を打倒して首都ハバナに入城し、カストロが勝利宣言を行いました。

 革命後の1959年6月、ゲヴァラは通商大使としてアジア、アフリカ、東欧などを歴訪し、帰国後、農業改革機構工業部長および国立銀行総裁に就任。農地改革と企業の国有化を進めました。

 ちなみに、ゲヴァラの肖像として一番有名な「英雄的ゲリラ」は、革命後の1960年3月5日、前日にハバナ港で起きた爆発事件の犠牲者追悼集会で、『レヴォルシオン』誌の写真記者、アルベルト・コルダが撮影しました。当初、写真は一般に公開されませんでしたが、1967年、イタリアの編集者ジャンジャコモ・フェルトリネッリが焼き増しを譲り受け、同年10月のゲヴァラ処刑後、ポスターにして販売。さらに、キューバ政府主催の追悼集会で巨大な遺影として掲げられたほか、没後1周年の追悼切手等にも取り上げられて、いちやく有名になり、反体制のシンボルとして世界中で多くの複製が作られました。

 1961年4月、アメリカはプラヤ・ヒロン侵攻事件で革命に干渉しますが、ゲヴァラはカストロと共に侵攻軍を撃破。翌5月、カストロはキューバ革命の社会主義革命化を宣言します。

 当初、敵の敵は味方のロジックで、ソ連との関係強化を唱えていたゲヴァラでしたが、1962年のキューバ危機では、結局、ソ連はアメリカに妥協してキューバへの核ミサイル配備を中止。この“裏切り”に憤激した彼は、ソ連への批判を強め、1965年2月、通商交渉のため訪れていたアルジェリアでソ連の外交姿勢を“帝国主義的搾取の共犯者”と非難。このため、キューバ政府が「ゲヴァラを首脳陣から外さなければ物資の援助を削減する」との圧力をソ連から受けると、ゲヴァラは「別れの手紙」を残してキューバを離れます。

 キューバを離れたゲヴァラは、コンゴ動乱に馳せ参じ、約1年間、軍事政権に対抗する左翼反乱軍に参加しました。しかし、反政府勢力首脳部の腐敗と堕落に幻滅した彼は、“世界革命”の理想を抱えてコンゴから撤退し、チェコスロヴァキアを経てラテンアメリカに戻り、1966年11月、独裁政権下のボリヴィアに潜入。革命に向けてのゲリラ活動を展開しました。

 ボリヴィアでのゲヴァラは勢力を拡大できないまま、1967年10月8日、政府軍に逮捕され、翌日、銃殺されます。ちなみに、銃殺をためらう政府軍兵士に対して発せられた「お前の目の前にいるのは英雄でも何でもないただの男だ。撃て!」が最期の言葉となりました。

 彼の遺体は、死亡の証拠として両手首を切り落とされた後、ボリヴィア山中に埋められましたが、没後30年にあたる1997年、掘り返され、キューバに返還。キューバ中部の都市で、革命の際にゲヴァラが解放したことで知られるサンタクララに埋葬されました。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は5日!★★

 10月5日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第9回が放送予定です。今回は、10月9日に没後50周年を迎えるチェ・ゲヴァラの切手にスポットを当ててお話をする予定ですので、よろしくお願いします。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


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