内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界の切手:ガーナ
2017-10-17 Tue 16:14
 ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2017年10月11日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はガーナ(と一部ルワンダ)の特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ガーナ・ンクルマ誕生日(1960)

 これは、1960年9月21日に発行された“ンクルマ大統領誕生日”の記念切手で、国旗を背景に、ンクルマの肖像が取り上げられています。

 アフリカ独立運動の父とも呼ばれるクワメ・ンクルマは、1909年9月21日、英領ゴールド・コーストのンクロフルで生まれました。生家は裕福ではありませんでしたが、幼少時から神童の誉れ高く、1935年、親族に借金して渡米し、リンカーン大学に入学します。同年起きたイタリアのエチオピア侵攻を契機に植民地制度の打倒を志し、苦学しながら、1942年、ペンシルベニア大学で教育学の修士号を、翌1943年には哲学の修士号を取得するとともに、汎アフリカ主義の下、北米のアフリカ人留学生の組織化に努めました。

 1945年5月、渡英してロンドンで西アフリカ学生同盟の副会長に就任。アフリカ出身のエリート留学生(その多くはアフリカ独立運動の指導者となる)を集め、同年、マンチェスターで開かれた第五回汎アフリカ会議では書記を務めます。さらに、1947年、英領ゴールド・コーストでは植民地エリートや伝統首長を中心に連合ゴールド・コースト会議が結成されると、同年12月ンクルマは帰国し、連合ゴールド・コースト会議(以下、連合会議)の事務局長に就任しました。

 英領ゴールド・コーストでは、1948年、大戦後の物価高騰に対する不満から首府アクラで暴動が発生。植民地当局はンクルマを含む連合会議幹部を逮捕しましたが、このことはかえって連合会議の人気を高めたため、英国は妥協策として自治の拡大とアフリカ人主体の立法評議会の設置を提言します。

 連合会議はこれに賛成しましたが、ンクルマら急進派は即時完全自治を要求して1949年に会議人民党を結成。“ポジティヴ・アクション”の名の下、ストライキやボイコットを展開し、下層住民の支持を拡大します。これにより、ンクルマ本人は逮捕されましたが、1951年2月の選挙で会議人民党は改選38議席中34議席を獲得して第一党となり、ンクルマは政府事務主席に就任しました。

 以後、ンクルマは交渉による平和的独立に方針を転換。1952年には政府事務主席を首相と改称し、1954年には新憲法を制定して国内の自治を英国に認めさせました。同年の選挙では、会議人民党は104議席中72議席を獲得して圧勝。これにより、独立はほぼ確定し、1957年、英領ゴールド・コーストは英領トーゴランドと共に英連邦王国内の立憲君主国、ガーナとして独立しました。

 独立後のンクルマ政権は、汎アフリカ主義を掲げ、アフリカ諸国の独立支援と連帯に力を注ぎ、1958年4月、白人国家の南アフリカ連邦を除く当時のアフリカの全独立国家8カ国の首脳をアクラに招き、アフリカ独立諸国会議(CIAS)を開催。また、1958年10月に独立したギニアが旧宗主国のフランスと対立し苦境に陥ると、経済的に支援。インドのジャワハルラール・ネルーやユーゴスラヴィアのティトーとも協力関係をとり、非同盟主義の旗手の1人となりました。

 内政面では、中央集権を進め、“差別廃止”の下に、人種、出身、宗教を基盤とする政党を禁止。これに反発した伝統首長が野党・統一党を結成して抵抗すると、ンクルマは1958年に予防拘禁法を国会で通過させ、批判勢力を力ずくで抑え込みました。

 1960年7月、ガーナは共和制に移行。以後、初代大統領に就任したンクルマは独裁を強化していきます。その一環として、ンクルマ個人崇拝が進められ、彼の誕生日(9月21日)は“建国の父の日”に指定され、今回ご紹介したような記念切手が毎年発行されるようになります。

 翌1961年、物価の高騰や賃金への不満によって大規模な反政府デモが発生すると、ンクルマは労働者を逮捕し、デモを禁止。しかし、独立闘争時にデモ戦術を多用してきたンクルマによるデモ弾圧はガーナ国民の不信を招きました。

 さらに、1962年、ンクルマの暗殺未遂が起こると、ンクルマは独裁の度合いを強め、国民に個人崇拝を強制。1964年には野党を禁止するとともに、高等裁判所の判事を解雇する権限を大統領に付与。三権分立は崩壊し、ガーナは一党独裁制国家となりました。

 一方、経済面では、“アフリカ社会主義”を掲げ、カカオのモノカルチャー経済からの脱却を掲げ、機械化された大規模集団農場の設立、政府系企業の設立など、左翼的な国家主導型の開発政策を展開。ヴォルタ川に建設した巨大なアコソンボダムは一定の成果を挙げたものの、多くの事業は非効率で役人の腐敗の温床となり、ガーナ経済は衰退しました。また、社会主義的な色彩の濃い民族主義政権は、東西冷戦下の西側諸国の警戒感を招き、外国資本の投資も激減。そのため、ンクルマはソ連や中国に接近しましたが、そのことはかえって事態を悪化させた。

 結局、1966年2月、ンクルマが北京とハノイへ外遊中、CIAの支援を受けた軍事クーデターが発生。ンクルマは失脚し、ギニアへの亡命を余儀なくされました。その後、1972年、ンクルマは療養先のルーマニア・ブカレストで病死。その遺体はガーナに移送され、2万人が参列した葬儀を経て、出生地のンクロフルに埋葬されました。

 さて、『世界の切手コレクション』10月11日号の「世界の国々」では、ンクルマとその時代についてまとめた長文コラムのほか、カカオやアソコンボ・ダムの切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。

 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、今回のガーナの次は、10月11日に発売された10月18日号でのソ連の特集になります。こちらについては、18日以降、このブログでもご紹介する予定です。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は19日!★★

 10月19日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第10回が放送予定です。今回は、10月18日が米国によるアラスカ領有150年の記念日ということで、アラスカを買った米国務長官、ウィリアム・スワードにスポットを当ててお話をする予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


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 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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