内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手でひも解く世界の歴史(10)
2017-10-19 Thu 08:42
 本日(19日)16:05から、NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第10回が放送される予定です。(番組の詳細はこちらをご覧ください)。今回は、きのう(18日)が米国のアラスカ領有150周年だったことから、“アラスカを買った男”ウィリアム・スワードにスポットを当てて、この切手もご紹介しながら、お話をする予定です(画像はクリックで拡大されます)

      スワード・目打なし

 これは、1909年6月1日に発行された“アラスカ・ユーコン太平洋博覧会”の記念切手で、元国務長官のウィリアム・スワードが取り上げられています。今回は、通常の記念切手ではなく、博覧会場で限定販売の無目打切手を持ってきてみました。
 
 さて、ウィリアム・スワードは、1801年、ニューヨーク州オレンジ郡フロリダ村の出身で、ユニオン・カレッジで法学を学びました。1838年、ニューヨーク州知事に当選し、刑務所の改善、教育費予算の増加、移民にたいして母国語で教える学校のアイディアなど、進歩的な政策を推進します。1849年には、ホイッグ党から上院議員に当選し、そのリベラルな思想信条から、反奴隷制を掲げる指導者として頭角を現していきました。

 1854年、奴隷制反対を掲げて共和党が結成されると、彼は翌1855年に参加。ホイッグ党の上院議員として1850年に「奴隷制が廃止されなければ米国は内戦に突入するだろう」と演説し、奴隷制廃止運動の先頭に立っていたということもあって、すぐに、党内の実力者にのし上がります。

 このため、1856年の大統領選挙の際にもスワードは共和党の初代大統領候補の指名を受けそうな勢いだったのですが、最終的に、西部の探険で有名なジョン・フレモントと指名をめぐって争ったが敗れます。そこで、彼は1860年の選挙での捲土重来を期していました。

 こうして、1860年の選挙では、共和党の大統領候補の指名を受ける大本命と見られていたスワードでしたが、奴隷制反対に関する彼の南部批判は激越で、共和党内の穏健派は、彼が大統領になれば本当に内戦になるかもしれないと恐れます。その結果、多数派工作により“無難な”リンカーンが大統領候補の指名を獲得し、共和党としての政権獲得の悲願を達成するのです。なお、指名を逃したものの、スワードはリンカーンの選挙戦に協力した功績で、新政権では国務長官に指名されます。

 しかし、1861年、奴隷制反対を掲げる大統領の就任を容認できない南部諸州は連邦から離脱し、南北戦争が勃発。スワードの“予言”は現実のものとなってしまいました。そして、1865年4月14日、南北戦争の結果に不満を持つ俳優、ジョン・ウィルクス・ブースがリンカーン大統領を暗殺。その同じ日、スワードもブースの仲間によって襲撃されます。ところが、その10日ほど前に、スワードは馬車の事故で顎を負傷し、添え木をあてていたため凶刃が致命傷にならず、彼は奇跡的に一命を取り留めました。

 リンカーンが亡くなった後、副大統領のジョンソンが大統領に昇格。スワードは健康の回復を待って、国務長官として復帰します。

 ところで、アラスカの地には18世紀末からロシア人が進出して狩猟や交易のため露米会社を設立し、その一部はカリフォルニア州にまで勢力を伸ばしていました。ところが、1853年から1856年にかけてのクリミア戦争により、ロシアは経済的に疲弊。このため、モスクワからは遠く離れ、当時は人跡未踏の荒野だったアラスカを売却することにします。ただし、クリミア戦争でも敵対した英国への売却は避けたかったため、1859年、米国に話を持ち込みます。ところが、交渉途中の1861年、南北戦争が勃発したことで、この話はうやむやになっていました。

 そこで、戦争終結後の1867年、ロシア側は改めてアメリカに対してアラスカ売却交渉をもちかけ、1867年3月30日、スワードはアラスカ購入条約の調印にこぎつけました。

 購入金額は720万ドル。これは、1エーカー(約4000平方メートル)あたり2セントというただ同然の“お買い得品”でした。ちなみに、当時のアメリカの郵便料金は、書状の基本料金が3セントでしたから、封書1通差し出すよりも、アラスカの土地1エーカーの方が安かったということになります。

 もっとも、当時のアラスカは人跡未踏の辺境の地でしたから、条約そのものは4月9日に上院で批准されたものの、世論の評判は散々で、新聞各紙は新たな合衆国領土を“スワードの冷蔵庫”ないしは“ジョンソンのホッキョクグマ庭園”などと揶揄し、アラスカ購入は“スワードの愚行”として散々たたかれました。結局、スワードが1872年に亡くなるまで、米国民はアラスカ購入をぼろくそに批判し続けます。

 ところが、チャップリンの「黄金狂時代」にみられるように、1896年にアラスカで金鉱が発見されると評価は一変。さらに、東西冷戦下でアラスカが対ソ戦略の最前線になると、スワードはその“先見の明”を高く評価されることになります。

 まさに、スワードほど、「人間万事塞翁が馬」という言葉がぴったりの人はいないでしょう。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  次回は19日!★★

 10月19日(木)16:05~  NHKラジオ第1放送で、内藤が出演する「切手でひも解く世界の歴史」の第10回が放送予定です。今回は、10月18日が米国によるアラスカ領有150年の記念日ということで、アラスカを買った米国務長官、ウィリアム・スワードにスポットを当ててお話をする予定です。なお、番組の詳細はこちらをご覧ください。


★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

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