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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ブラジリアに到着しました!
2017-10-23 Mon 04:37
 おかげさまで、先ほど(現地時間22日午後)、無事にブラジリアに到着しました。というわけで、無事の到着を祝して、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      日本・ブラジル交流年(ヴィザスタンプ)

 これは、笠戸丸移民100周年を記念して2008年に設定された“日本・ブラジル交流年”の記念切手のうち、コーヒー豆を背景に、1908年のブラジルのヴィザスタンプを描いた1枚です。ちなみに、今回のブラジル入国に際して、僕が取得したヴィザはこんな感じです。

      ブラジル・ヴィザ(2017)

 日本人の海外移住は、古くは17世紀の東南アジアに日本人町がつくられた事例にさかのぼることもできますが、近代以降のものとしては、1868年のハワイへの“元年者”の移住がそのさきがけとなります。

 その後、明治政府は、近代国家建設のために財源として地租を重要視したことから、地租を払えず、強制処分により農地を手放さざるをえなくなった農民が続出します。しかし、当時の日本社会には、そうした人々を他の産業で吸収できるだけの余裕がなく、政府は彼らを海外に移住させることで問題の解決をはかろうとしました。一方、農民の中にも、政府が行った海外移民募集に応募し、海外で成功を収めて故郷に錦を飾ろうと考える者が少なからずありました。

 こうしたことから、19世紀末には、ハワイ米本土への移民が急増しましたが、日本が日露戦争に勝利を収めたのをきっかけに、米国内で深刻な黄禍論を巻き起こります。その結果、主として米国西海岸で排日運動が激化し、1907年、米国政府は、実質的に日系移民を制限する内容に移民法を改正。さらに、1908年、「日米紳士協約」によって、ハワイへの日本人移民も厳しく制約されてしまいました。

 こうした状況の中で、1906年、ブラジルに渡っていた水野龍は、現地コーヒー農場の労働者が慢性的に不足していたことに目をつけ、サンパウロ州のコーヒー耕地への日本人農民の大規模な移民計画を立案。皇国殖民合資会社を設立し、サンパウロ州政府と移民契約を結んで日本からの移住者を募ります。

 水野の計画は、米国とハワイに代わる移民の送り先を探していた日本政府の意向とも合致していたことから、外務省は鹿児島、沖縄、熊本の各県知事に協力を要請。皇国殖民合資会社はブラジルの名に「舞楽而留(舞い楽しんで留まる)」とあて、一部の地域では群会議員までをも動員して「家族三人で働けば、生活費など差し引いても一ヶ月で百円は残る」と移民の夢をかきたてました。

 この結果、ブラジル政府から補助金を受けた“契約移民”781名・165家族と、ブラジル政府の補助金を受けていない“自由移民”10名が、数年で帰国することを夢見て、笠戸丸(今回の小型シートの右側の切手です)でブラジルへ渡りました。そして、1908年6月18日、サンパウロ市の外港、サントスに到着した移民たちは、いくつかのコーヒー農場に分かれて、1年毎の契約で働き始めました。これが、ブラジルにおける日系社会の始まりとなります。

 しかし、移民たちを待ち受けていたのは、事前の宣伝文句とは裏腹の重労働と劣悪な環境でした。また、笠戸丸がブラジルに着いた6月は、コーヒーの収穫がほとんど終わっていた上に、コーヒーの値段も暴落していたため、収穫量の歩合制で賃金契約を結んでいた農民たちはほとんど収入を得ることができず、農園をはなれてサンパウロ市内でメイドや大工などをして働く人が続出。さらに追い討ちをかけるように、移民を請け負った皇国殖民合資会社が資金難から倒産し、移民の預入金はほとんど返済されないことになってしまいました。

 こうした惨憺たる状況は、当時、日本国内にはほとんど伝えられず、その後も、1910年の旅順丸移民をはじめ、多くの日本人がブラジルに移住。日系移民たちは、あらゆる辛酸を舐めながらも、次第にブラジル社会において確固たる地位を築くようになりました。

 さて、世界切手展<Brasilia 2017>ですが、あすは朝から、最初の山場となる作品の搬入作業が待ち構えています。30日までの滞在期間中、気合を入れて乗り切っていきたいと思います。


★★★ トークイベントのご案内  ★★★ 

 11月4日(土) 12:30より、東京・浅草で開催の全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。


★★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史”  ★★★

 10月19日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」の第10回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、11月9日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。 

 なお、19日放送分につきましては、10月26日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


★★★ 世界切手展<WSC Israel 2018>作品募集中! ★★★

  明年(2018年)5月27日から31日まで、エルサレムの国際会議場でFIP(国際郵趣連盟)認定の世界切手展<WSC Israel 2018>が開催される予定です。同展の日本コミッショナーは、不詳・内藤がお引き受けすることになりました。

 現在、出品作品を11月10日(必着)で募集しておりますので、ご興味がおありの方は、ぜひ、こちらをご覧ください。ふるってのご応募を、待ちしております。


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 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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