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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 スプートニクとガガーリンの闇(4)
2018-01-02 Tue 11:56
 先月25日、『本のメルマガ』第667号が配信されました。僕の連載「スプートニクとガガーリンの闇」は、今回は、1957年中にソ連で制作・発行されたスプートニク1号関連のマテリアルについて取り上げました。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・年賀はがき(1957年・スプートニク)

 これは、1958年用に作られたソ連の年賀絵葉書で、スプートニク1号にまたがって飛ぶ子供が描かれています。

 スプートニク1号の打ち上げ成功(1957年10月4日)から3日後の10月7日、ソ連はコンスタンチン・ツィオルコフスキー生誕100周年の記念切手を発行しました。ツィオルコフスキーの誕生日は1857年9月17日(新暦では9月5日)、命日は1935年9月19日で、切手発行日の10月7日はそのいずれにも該当しません。

 もちろん、ツィオルコフスキーの生誕100年は、人工衛星打ち上げの成否にかかわらず、記念すべき出来事ではあるのですが、当初の打ち上げ予定日が10月6日だったことを考えると、人工衛星の打ち上げ成功を見越して、その翌日に記念切手の発行日が設定されたと考えるのが妥当なように思われます。

 たとえば、打ち上げの成功を受けて、開発責任者のセルゲイ・パヴロヴィチ・コロリョフは次のように演説しており、彼がツィオルコフスキー(の生誕100年)を意識していたことは明らかです。

 同志諸君!本日人類の最高の知性が夢見たことが現実となった。コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキーの、人類は永久に地球上にとどまることはないであろうとの預言が実現した。本日、世界初の人工衛星が地球周回軌道上に投入された。その結果として、宇宙の征服が始まった。そして、宇宙空間への道を敷いた最初の国は、我が国ソヴィエト国家である。諸君とともに、この歴史的な日を祝いたい。(訳文は富田信之『ロシア宇宙開発史 気球からヴォストークまで』 東京大学出版会 2012年)

 ただし、コロリョフの興奮とは1957年10月4日の時点では、打ち上げに関わっていた実務担当者の多くは、人工衛星よりも、ロケットR-7が正常に飛ぶか否かに関心があり、スタッフの一人で打ち上げ当日、モスクワにいたボリス・エフセーヴィチ・チェルトクは「我々は、宇宙時代が今始まったなどと思いもよらずに散会し、深夜、黙々と家路に就いた」と証言しています。

 フルシチョフもまた、スプートニク1号の打ち上げ成功は、長距離誘導ロケットがいまだ成功に至らぬ中で、あくまでも科学技術上の過渡的な業績の一つとしてしか考えておらず、当初は、その政治的な重要性をあまり理解していなかったとされています。ただし、モスクワ放送(現ロシアの声)は、国内向けのロシア語放送よりも先に、米国向けの英語放送で打ち上げ成功の第一報を報じており、打ち上げの成功を対米戦略に活用しようという意思はあったようです。

 ところが、スプートニク1号の打ち上げ成功は、ソ連関係者の予想をはるかに上回る国際的な反響を呼び起こしました。このため、政治家・フルシチョフは宇宙活動の成果を最大限に活用することを決断。ソ連のメディアはソヴィエト科学の“勝利”を大々的に報じ、国民は、詳細はわからないものの、“なにかすごいこと”をソ連の科学者が達成したことは理解し、フルシチョフに対する支持も上昇しました。

 これを受けて、打ち上げからほぼ1ヶ月後の11月5日、スプートニク1号の成功を記念する切手が発行されます。

 切手は地球を周回するスプートニク1号を描いたもので、左上には1957年10月4日の日付も入っている。また、スプートニク1号は直径58cmのアルミニウム製の球で、それに長さ2.4mのアンテナ4本が一方向についていましたが、実際に打ち上げが成功するまで、この形状は外部に明らかにされませんでしたので、切手のデザインは打ち上げの成功に制作され、そこから突貫作業で切手の製造が進められたと考えてよいでしょう。

 ちなみに、スプートニク1号を球形にしたのはコロリョフのこだわりで、表面積が最小で内容積が最大となるのが大きな利点でした。また、表面を磨き上げることによって、反射率を高めて熱吸収率を下げれば表面の温度上昇を抑えることも可能で、反射により地上からも衛星が見えるという効果も期待されていました。

 さらに、11月28日には、10月7日に発行されたツィオルコフスキー生誕100周年の記念切手に打ち上げ成功の記念銘を加刷した切手も発行されています。

 新たにオリジナル・デザインの正刷切手を発行するよりも、既に存在する切手に記念文字を加刷する方が製造工程としてははるかに簡単で制作期間も短くて済むはずです。それだけに、加刷切手に先んじて正刷切手が先に発行されたことは、結果的に、正刷記念切手の製造がいかに突貫作業で進められたかを物語るものといえましょう。

 なお、11月5日に発行された切手は青みがかった用紙に紺色で印刷されていますが、12月28日には白紙に明るい青色で印刷された切手が発行されています。両者のデザインと額面は全く同じで刷色も同系統なので、このような変更が行われる必然性はあまりないように思われますが、あるいは、突貫作業で作られたために用紙やインクの調達の関係で、2度に分けて製造・発行せざるを得なかったということなのかもしれません。

 今回ご紹介の葉書は、これらの記念切手に加えて、制作されたものです。

 スプートニク1号の反響に気をよくしたフルシチョフは、10月10日、コロリョフに対して、11月7日の革命記念日までにスプートニク2号を打ち上げるよう命じ、それは、11月3日に実現されました。

 ただし、1958年用の年賀絵葉書の場合は、とりあえず、記念切手ほど突貫作業での制作・発行の必要がなく、とりあえず、年末までに間に合わせればよいということだったのか、スプートニク2号を取り上げたものはなく、1号と2号を並べて描くデザインの絵葉書が出回るようになるのは1958年に入ってからのことでした。

 ちなみに、スプートニク1号の電池寿命は3週間で、打ち上げから22日後には電池が切れましたが、その後も衛星は軌道周回を続け、年が明け、打ち上げから92日後の1958年1月4日に高度がさがり、大気圏に再突入して消滅しました。したがって、今回ご紹介の絵葉書は、スプートニク1号が実際に宇宙空間を飛んでいる間に発行されたモノということになります。


★★ NHKラジオ第1放送 “切手でひも解く世界の歴史” ★★

  12月28日(木)に放送の「切手でひも解く世界の歴史」第13回は無事に終了しました。お聞きいただいた皆様、ありがとうございました。次回の放送は、年明け1月11日(木)16:05~の予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。
 
 なお、12月28日放送分につきましては、1月4日(木)19:00まで、こちらの“聴き逃し”サービスでお聴きいただけますので、ぜひご利用ください。


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