内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ボストン・マラソンで川内が優勝
2018-04-17 Tue 02:43
 16日(現地時間)に行われたボストン・マラソンで、日本の川内優輝(埼玉県庁)が2時間15分54秒(速報値)で初優勝を果たしました。ボストン・マラソンでの日本勢の優勝は、1987年大会での瀬古利彦以来31年ぶりの快挙です。というわ毛で、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      米国・マラソン(1996)

 これは、1996年4月11日に米国で発行された“マラソン”の切手です。切手上には表示はありませんが、1996年4月は、15日にボストン・マラソンの第100回大会が行われており、今回ご紹介の切手も、その記念の意味を込めて発行されたものとみてよいでしょう。

 米国のマサチューセッツ州、メイン州、ウィスコンシン州の3州では、独立戦争の緒戦となるレキシントン・コンコードの戦いが1775年4月19日に行われたことを記念し、毎年、4月の第3月曜日が“愛国者の日”に指定されています。

 ボストン・マラソンは、これにあわせて、1897年以来毎年開催されており、マサチューセッツ州の8つの市や町を通り抜けるかたちでスタート地点とゴール地点を結ぶコースが設定されています。距離は、1897-1923年は39.429km、1924-26年は42.034km、1927-50年は42.195km、1951-56年は41.360km、1957年以降は42.195kmとなっていますが、2004年1月、IAAF(国際陸上競技連盟)がマラソン記録の公認のために設定したコース条件とは異なっているため、同年以降は世界記録を超えても“世界記録”としては認められなくなりました。

 日本人の優勝者は、1951年の田中茂樹が最初で、以後、1953年の山田敬蔵、1955年の浜村秀雄、1965年の重松森雄、1966年の君原健二、1969年の采谷義秋、1981年および1987年の瀬古利彦で、今回の川内で8人目(9度目)となります。なお、1966年以降は序詩のレースも行われていますが、こちらは、日本選手が優勝したことはありません。なお、今回の切手が発行された1996年の第100回大会では、男子はケニアのモーゼス・タヌイが、女子はドイツのウタ・ピッピヒが優勝しました。


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