内藤陽介 Yosuke NAITO
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 イスラエル独立70年
2018-04-19 Thu 01:14
 イスラエルの独立宣言は、西暦では1948年5月14日ですが、ユダヤ暦では5708年イヤル月5日です。ユダヤ暦換算では、きょう(18日の日没から19日の日没まで)がその70年にあたっており、イスラエルでは各種の記念イベントが行われます。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      イスラエル・独立宣言

 これは、1973年にイスラエルが発行した独立25周年の記念切手で、イスラエル独立宣言のうち、初代大統領のベングリオン以下、閣僚たちの署名部分が取り上げられています。

 第2次大戦末期の1945年4月、ローズヴェルトの死により、急遽、米国大統領となったトルーマンは、中東地域に関して具体的な戦略的見通しを持っておらず、アラブ・ユダヤの双方と十分な協議をすることなくパレスチナの基本的な状況を変えることはしないとアラブ側に約束した前任者の方針を基本的には継承します。しかし、ナチス・ドイツの敗北により悲惨な収容所の実態を知ることになった彼は、ユダヤ人犠牲者の救済という視点から、パレスチナにユダヤ国家の建設を目指すシオニストに同情的な姿勢をとるようになっていきます。

 このため、1945年7月、トルーマンは英国政府に対して、ユダヤ人のパレスチナへの移住制限を解除するよう要請。さらに、同年8月には、パレスチナが10万人のユダヤ系難民を移民として受け入れるよう、アトリー(英首相)宛の書簡で求めています。

 これを契機として、米英両国の代表団からなるパレスチナ問題調査委員会が設立され、委員会は、1946年5月、①パレスチナはアラブ州・ユダヤ人州に分割せず、国連による暫定的な信託統治を行う、②ナチスの犠牲者となった10万人のユダヤ系難民のパレスチナ入国を認める、③パレスチナの土地譲渡制限を撤廃する、との報告書をまとめます。しかし、報告書発表の直前、シオニスト過激派により英軍兵士6人が殺害されるというテロ事件が発生。態度を硬化させた英国は、ユダヤ人テロ組織の武装解除を優先させるよう主張し、ユダヤ系難民のパレスチナ受け入れに強い難色を示しますが、このことは、英国の対応に不満を持つシオニストたちの反英闘争をより激化させる結果をもたらしました。

 シオニストの反英テロに手を焼いたイギリスは、ついに、自力でのパレスチナ問題の解決を放棄。1947年2月、国連に問題の解決を一任すると一方的に宣言います。これを受けて、5月に設立された国連パレスチナ問題特別委員会は、パレスチナにアラブ、ユダヤの二独立国を創設し、エルサレムとその周辺は国連信託統治下に置くというパレスチナ分割案を多数派意見として発表。同案は、同年11月29日、国連決議第181号(パレスチナ分割決議)として採択されました。

 これに対して、アラブ地域では、国連決議が採択された11月29日は“服喪と圧政の日”とされ、第二次大戦中は比較的収まっていたパレスチナ全土で反シオニストの武装闘争が再燃。アラブ住民とシオニストとの間でテロの応報が繰り広げられ、パレスチナ全土は事実上の内戦の突入していきます。

 一方、パレスチナの治安に責任を負うべきはずの英国は、英軍兵士や警官の死傷があいついだことを理由に、1947年12月、先の国連決議で決められた8月1日という日程を2ヵ月半も繰り上げ、1948年5月15日をもってパレスチナから撤退すると発表。委任統治国としての責任を放棄し、みずからの中東政策の失敗が招いた混乱を放置してパレスチナから逃げ出すのです。

 事実上の内戦に突入したパレスチナでは、1948年3月、国連のパレスチナ分割決議を受けて、シオニストたちがテルアビブにパレスチナのユダヤ人居住区を統治する臨時政府“ユダヤ国民評議会”を樹立。新国家樹立に向けての具体的なスタートを切り、英国撤退の軍事的空白を利用して、1948年5月のイスラエル建国に向けて、準備を進めていきました。

 こうした中で、4月9日から10日にかけて、シオニストがアラブの村デイル・ヤーシーンを襲撃し、多くの村民を殺害する“デイル・ヤーシーン事件”が発生。事件後、身の危険を感じたアラブ系住民約10万人がパレスチナから脱出し、結果的に、シオニストによる建国準備は大きく前進することになります。

 こうして、騒然とした状況の中、パレスチナにおける英国の委任統治が終了する1948年5月14日午後4時6分(現地時間)、テルアビブの博物館でユダヤ国民評議会が開催され、イスラエル初代首相となったベングリオンが、「ユダヤ民族の天与の歴史的権利に基づき、国際連合の決議による」として、ユダヤ人国家イスラエルの独立を宣言。ベングリオンの独立宣言を受けて、同日、米国のトルーマン政権は主要国の中で最初にイスラエルを承認。ついで、5月17日にはソ連がイスラエルを承認しました。

 この間の5月16日、イスラエル国家は古代の貨幣を描く建国後最初の切手を発行します。ただし、この切手には「ヘブライ郵便」との表記はあるものの、「イスラエル」との表記はありません。これは、切手の制作時にはまだ新国家の正式な国号が決定されていなかったことによるもので、イスラエルの独立宣言がいかに慌しい状況の下に行われたかということを示しています。

 なお、イスラエル建国にいたる経緯については、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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