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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 みどりの日
2018-05-04 Fri 01:56
 きょう(4日)は“みどりの日”です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      キューバ・マエストラ山脈

 これは、2003年にキューバで発行された“エコ・ツーリズム”の切手のうち、緑に覆われたシエラ・マエストラ(マエストラ山脈)を取り上げた1枚です。
 
 シエラ・マエストラは、キューバ島南東のクルス岬からマイシ岬まで、東西250キロにも及ぶキューバ島最大の山脈です。キューバ最高峰のトゥルキーノ山(2005m)も、この山脈に属しており、山中には、銅・マンガンなど豊富な鉱山資源が埋蔵されています。

 山脈の東に位置するサンティアゴ・デ・クーバは、1953年7月26日、フィデル・カストロは同地にあったモンカダ兵営を襲撃。これが、キューバ革命の発端となりました。

 また、1956年12月2日、グランマ号に乗ったフィデルら革命組織の“7月26日運動(M26)”は、シエラ・マエストラ西側のラス・コロラダス海岸に上陸。昼間はサトウキビ畑などに隠れ、夜間にのみ行軍してトゥルキーノ山頂を目指しました。

 しかし、飛行機を通じて“不審船”の動きを探知していたバティスタ政府は、砂糖キビの食べかすなどから叛乱軍の足跡をたどり、12月5日の昼頃、アレグリーア・デル・ピノで反乱軍を迎撃。この時の戦闘で叛乱側の兵士多数が犠牲になり、捕虜となった者は虐殺されました。ただし、バティスタ政権の圧政に苦しめられてきた農民の中には叛乱側を支持する者も少なからずおり、そうした農民の指導者の一人であったクレスセンシオ・ペレス・モンタノは、ラウルら叛乱側の兵士を保護。12月17日、ラウル・カストロ(フィデルの弟)ら6人のグループは、元オルトドクソ党員のシンコ・パルマスの農場で、前日に同農場に逃れついていたフィデルらと合流しました。

 こうして、フィデルら3人とラウルら6人の9人に地元の農民3人が加わり、以後のゲリラ戦の母体となる“伝説の12人”が形成されます。その後、グランマ号で上陸したチェ・ゲバラ、フアン・アルメイダ、カミーロ・シエンフエゴスら7人も合流し、20日には17人が武器8丁でゲリラ戦の訓練を開始。翌21日、農民の志願兵などを加えた計29人がシンコ・パルマスを出発し、シエラ・マエストラ山中での本格的なゲリラ戦が始まりました。

 以後、叛乱軍はシエラ・マエストラ山中に解放区を樹立してバティスタ政権と戦い、1959年1月にはバティスタ政権を崩壊させて革命を成就させます。

 なお、シエラ・マエストラ山中でのカストロとゲバラの戦いについては、5月末に刊行予定の拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』でも詳しくご説明する予定です。正式な刊行日等、同書についての詳細が決まりましたら、このブログでも随時ご案内いたしますので、よろしくお願いします。 


★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が5月に刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 


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