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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ラマダーンはじまる
2018-05-16 Wed 01:00
 ことし(ヒジュラ暦では1439年)のラマダーンが、きのう(15日)から始まりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      パレスチナ(ハマース)・ラマダーン

 これは、2011年8月1日、ガザ地区を実効支配していたハマース政府が、イスラム暦1432年ラマダーン(月)のスタートにあたって発行した記念切手で、岩のドームが取り上げられています。

 イスラム暦の第9月にあたるラマダーンは、ムスリムにとっては断食の月で、目視による新月の確認をもって正式にスタートします。切手に細い月が描かれているのは、このことを踏まえ、ラマダーンの始まりを表現したものです。

 ラマダーンの断食は、ムスリムが行わなければならない宗教的義務“五行”のひとつ。もともとはユダヤ教の習慣だったものを預言者ムハンマドが信徒に課したのが始まりで、忍耐力を養うとともに、貧しくて食事をとることのできない人々に思いをいたし、彼らの苦しみを理解するのが目的とされています。

 ラマダーン期間中は、単に食欲・性欲を断つだけではなく、嘘や下品な話、口論、喧嘩、淫らな思考などをせず、ムスリムとして正しい振る舞いをし、貧者に思いをいたし、進んで喜捨をするべきとされています。そして、断食の苦行体験を皆で共有し、日没後の食事(イフタール)を共にすることで、ムスリムとしての連帯感を涵養することになっています。

 ラマダーンは断食という肉体的な苦行を伴うだけでなく、精神的にも“正しいムスリム”であることを強く要求されるため、個々のムスリムにとっては負担も大きく、それゆえ、ラマダーン明けの大祭(イード・フィトゥル)は多くの人々が心の底から開放感を感じる“ハレの日”として、いわゆるイスラム諸国ではなくても、ムスリムが一定の割合を占める国では記念切手が発行されることも少なくありません。

 これに対して、ハマース政権の切手は、ラマダーン月の初め、すなわち、これから断食の苦行が始まるタイミングで発行されているという点でユニークです。その背景には、ハマースなどのいわゆるイスラム原理主義勢力が、自らの勢力拡大ないしは資金獲得の手段としてラマダーンを利用しているという現状があります。

 すなわち、ラマダーンの期間中、ムスリムは精神的に高揚した状態になることが少なくありませんが、そうした状態で、モスクに通い、イフタールの食事をとる人は数多くいます。

 その際、モスクでの説教が、宗教的にオーソドックスで穏健な内容であれば問題はないのですが、中には、イスラム原理主義に親和的な説教師が、腐敗堕落した欧米文化やそれに毒された既存のイスラム社会を糾弾して信徒の憎悪を煽るケースもあり、一定の割合で彼らに感化されて過激な言動に走る者が発生します。

 じっさい、ハマースにも、そうしたラマダーン期間中の特殊な空気を活用して、勢力を拡大してきた面がありました。

 たとえば、彼らはガザ地区を支配するようになってからは、ラマダーンの始まりに際して囚人に対して恩赦を行うとともに、ラマダーン明けのタイミングで“犯罪者”の公開処刑も行うなどして、権力の行使を可視化する機会としてラマダーンを利用しています。

 また、ラマダーン期間中は貧者を対象とした喜捨が奨励されていることを利用し、ハマースは巨額の金銭や物品を信徒から集めており、それが彼らの重要な資金源になっているという点も見逃せません。ラマダーンを悪用したハマースの資金集めは、ガザ地区のみならず、オーストリアを拠点に欧州でも活発に行われており、集められた資金はトルコのハマース系企業、レバノンなどを経由して、テロ活動の原資としても使われているとも指摘されています。

 したがって、ハマースにしてみれば、ラマダーン明けのイードもさることながら、ラマダーン期間中こそが自らの勢力を拡大するための重要な機会になっているともいえるわけで、そうした意識の下、彼らは、ラマダーン初日に岩のドームを取り上げた切手を発行することで、(彼らの認識では)パレスチナの正統政府として「イスラエル国家を承認せず、武力闘争路線を継続する」という姿勢をあらためて強調しようとしたのでしょう。

 くしくも、おととい(14日)、(西暦での)イスラエル建国70周年にあわせて、米国大使館がテルアヴィヴからエルサレムへ移転。これに対して、ハマースの実効支配下にあるガザ地区では抗議活動が激化(一部暴徒化)しており、この記事を書いている時点で、イスラエル軍との衝突により、60人超が死亡しました。また、ヨルダン川西岸でもゼネストが発生するなど、情勢が緊迫しています。

 今月27日からエルサレムで開催予定の世界切手展<WSC Israel 2018>に日本コミッショナーとして、日本からの出品作品をお預かりして現地入りする予定の僕としては、ともかくも事態が沈静化し、無事に切手展が開催されることを祈るばかりです。

 なお、ハマースとその切手については、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。 


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