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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 グアテマラ・軍隊の日
2018-06-30 Sat 11:11
 きょう(30日)は、1871年6月30日にビセンテ・セルナ・イ・セルナ政権に対する自由主義者の革命が起きたことにちなみ、グアテマラの“軍隊記念日”です。というわけで、グアテマラの兵士を描く切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      グアテマラ・革命軍を讃える(1954)

 これは、1954年4月21日、“革命軍に捧げる”と題して発行された航空切手で、先住民の伝統的な装束の射手が描かれています。

 1944年6月25日、1930年以来のホルヘ・ウビコ・イ・カスタニェーダ独裁政権に対して大規模な反政府デモが発生。ゼネストと抗議行動はグアテマラ全土に拡大し、6月30日には米国もウビコの行動を批難したため、7月1日、ウビコは米ニューオリンズに亡命し13年余に及んだ独裁政権は崩壊しました。

 ウビコの亡命直後、ブエネべンチュラ・ピニェダ大佐、エドゥアルド・ビジャグラン・アリサ大佐、フェデリコ・ポンセ・バイデス将軍の3名は、国民議会を開いて暫定大統領の選出することを約束しましたが、7月3日、実際に議会が招集されると、軍は全議員に銃口を突き付け、ポンセへの投票を強要。ポンセは、ウビコからの命を受け、ウビコ政権の閣僚の多くを留任させたほか、弾圧政策もそのまま継続させたため、反政府勢力が再び結集。10月20日、前年まで士官学校の校長を務めていたハコボ・アルベンス・グスマンと、軍内改革派のフランシスコ・ハビエル・アラナ将軍を指導者とする兵士・学生グループが国民宮殿を襲撃し、ポンセを追放。アルベンスやアラナ、そして弁護士のホルヘ・トリエリョが革命政権を樹立し、年末までに民主的選挙を実施することを確約しました。

 これが、1944年のグアテマラ10月革命です。

 10月革命を受けて行われた選挙の結果、亡命先のアルゼンチンで大学の哲学教授をしていたフアン・ホセ・アレバーロ・ベルメホが大統領に選出され、軍内改革派の急先鋒、アルベンスは国防相に就任ました。

 アレバーロ政権は、1951年の任期満了までの間に、25回ものクーデター未遂事件が発生するなど、困難な状況にありながらも最低賃金法や教育予算の拡充、労働改革などを行いました。同政権の改革は比較的穏健なものでしたが、米国やカトリック教会、ユナイテッド・フルーツ社はそれすらも“容共的”としてアレバーロを攻撃。1951年の任期満了までに25回ものクーデター未遂事件が発生しています。

 こうした経緯を経て行われた1950年の大統領選挙では、アレバーロ政権の攻防章だったアルベンスが米国の干渉を跳ね除けて当選。1951年3月15日の大統領就任式では“極端に封建的な経済体制から、現代資本主義国家へと”脱皮を図ると宣言し、国政に対する“外資系企業(名指しこそ避けていますが、ユナイテッド・フルーツ社のことです)”の影響力を削ぎ、外国資本からの支援を受けずに、国内の社会資本を整備する方針を明らかにしました。

 はたして、1952年6月、アルベンスは人口の2%と外国企業が国土の70%を独占していた状況を打破すべく、公約通り、“布告9000”として、農地改革関連法を制定。一連の農地改革により、ユナイテッド・フルーツ社が所有していた広大な土地(耕作地・農場以外にも、グアテマラ国内の遊休地および未開墾地の85%は同社の所有でした)も収用の対象となりました。しかも、ユナイテッド・フルーツ社は、土地の評価額を低く見積もることで納税額を極端に抑制していたため、補償金も低額となり、アルベンス政権と激しく対立します。

 このほかにも、アルベンス政権は、グアテマラ労働党(左翼政党ですが、もともとはソ連と無関係にグアテマラ国内で誕生した土着政党)の合法化、大衆に対する識字運動、それまで差別を受けていたマヤ系先住民の権利回復運動などを展開。一連の政策は、当時のラテンアメリカではきわめて急進的な内容であったため、“グアテマラ革命”とも“グアテマラの春”とも呼ばれました。

 国内の保守派や米国はこれを苦々しく思っていましたが、ウビコ独裁政権の記憶も生々しかった国民の多くはアルベンスを支持し、1953年年の国会選挙では、与党の革命行動党が圧勝します。

 これに対して、アルベンス政権下での農地改革で莫大な“損害”を被ったユナイテッド・フルーツ社は、すぐさま、政権転覆を目指してCIAに対してロビー活動を開始。1953年にドワイト・アイゼンハワー政権が発足すると、同年10月、米国の駐グアテマラ大使に任命されたジャック・ピュリフォイは反アルベンス政権のプロパガンダ工作を展開するとともに、反アルベンス派の大地主、マリアン・ロペス・エラルテやグアテマラ軍内部の反アルベンス派に接触し、反アルベンス派の兵士に破格の報酬を与えて秘密キャンプでの軍事訓練を開始しました。

 ついで、1954年2月19日、CIAはニカラグア領内にソ連の武器庫に見せかけた施設を建設するWASHTUB作戦を開始し、アルベンス政権がソ連の支援を受けていると喧伝します。

 こうした経緯を経て、同年3月、ベネズエラの首都、カラカスで開催された第10回米州会議では、米国務長官、ジョン・フォスター・ダレスが「国際共産主義の干渉に対して米州諸国の政治的保全を維持するための連帯宣言」と題する決議案93号を提出。さらに、ダレスは米州会議の直前に発動したWASHTUB作戦を踏まえて「米州には相異なる政治制度を受け入れる余地はあるが、外国の主人に使える者どもの場所はない」と発言し、名指しこそ避けたものの、事実上、グアテマラを“共産主義”と断じて、ソ連の影響下にあると批難しました。

 その後、決議案93号は米州機構加盟国の相互不可侵の原則を犯すものとするアルゼンチン、チリ、メキシコなどの反対もあったため、米国は「条約に基づく措置は相手国に対する主権の侵害を意味するものではない」との付帯条件をつけ、グアテマラに武力行使をしないことを約束したうえで、賛成17、反対1(グアテマラ)、棄権2(メキシコ、アルゼンチン)の圧倒的多数で採択されました。

 米州会議後の4月になると、米国によるアルベンス政権批判はいっそう激しくなり、アルベンスの農業改革計画はモスクワで作成されたものとする『グアテマラ報告』をサミュエル・ゼムレー(ユナイテッド・フルーツ社主)が出版し、反アルベンスのキャンペーンを大々的に展開。米国のグアテマラ駐在大使のピュリフォイも「グアテマラは中米にマルクス主義の触手を広げている」と米議会で証言し、アルベンス政権にさらなる圧力をかけています。そして、5月1日には、ついに米国はグアテマラと断交し、大統領のアイゼンハワーもCIAの介入計画を個人的に承認しました。

 今回ご紹介の切手は、こうした緊張状態の中で、米国の圧力に屈せず、革命を維持しようとの意思を示すために発行されたものです。

 さて、CIAによる介入計画の承認を受けて、反アルベンス派の亡命グアテマラ人で、米国政府およびCIAからの豊富な資金支援を受けたカルロス・カスティージョ・アルマス(グアテマラの元陸軍大佐)が、隣国エルサルバドルの首都、サンサルバドルで“グアテマラ人民反共戦線”の樹立を宣言。ホンジュラス領内では、CIA幹部のデビッド・フィリップスが管理する“解放の声”放送がアルマス軍は近日中にグアテマラへ進攻するであろうと大々的に宣伝を開始します。

 米国の圧力に対抗するため、グアテマラ政府は軍備増強を図ろうとしましたが、米国の圧力で西側からの調達は事実上不可能となっていたため、アルベンスはチェコスロヴァキアから武器を調達することを個人の責任で決断。5月15日、ポーランドを出港したスエーデンの貨物船“アルフェルム”号がチェコスロヴァキア製の武器1900トンを積んでプエルト・バリオスに入港しました。

 すると、米国はこれをとらえて「西半球の安全を脅かす独裁体制」のための武器であるとし、「共産主義への道がすでに耐えがたい段階に入った」とアルベンス政権を非難し、グアテマラ包囲網として“ホンジュラス、エルサルヴァドル、ニカラグア等の友邦国”に武器の空輸を開始します。

 6月17日には、アルマス軍がアルベンスの辞職を求めてホンジュラスからサカパに越境進出し、“共産主義に対する解放戦争”を宣言。さらに、6月25日、アルマス派は、サンサルバドルで“反共臨時政府”の樹立を正式に発表し、米国は直ちにこれを承認すしました。

 これに対して、アルベンスは市民の武装を提案し、軍に対して市民に武器を配るよう求めましたが、軍はこれを拒否。軍の支持を得られなかったアルベンスは、6月27日、「米国が、共産主義撲滅を口実に、ユナイテッド・フルーツ社の権益を守るために攻め込んでいる。革命的理念に基づく熟慮の結果、わが国のために大統領を辞任する決意をした。しかし、いつの日か、わが国を隷属状態に陥れている暗黒の勢力は敗北するであろう」と演説して大統領を辞任し、メキシコ大使館に亡命しました。

 ちなみに、若き日のチェ・ゲバラは、“グアテマラの春”の時代に首都グアテマラシティに滞在し、CIAの工作によりアルベンス政権が崩壊するまでを見届けています。現在制作中の拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』でも、そのあたりの事情については詳しく書きましたので、無事に刊行の暁には、なにとぞよろしくお願いします。


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      全日展2018ポスター

 *画像は実行委員会が制作したポスターです。クリックで拡大してご覧ください。


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