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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ジンバブエ大統領選、現職当選
2018-08-04 Sat 10:24
  ジンバブエの選挙管理委員会は、きのう(3日)、7月30日投票の大統領選挙で、現職のムナンガグワ大統領が勝利したと発表しました。ただし、焦点だった自由・公正な選挙の実施には疑問が残り、野党勢力は選挙の不正を主張。首都ハラレでは治安部隊と野党支持者らが衝突し、軍の発砲で死者も出ています。というわけで、きょうはこの切手です(画像はクリックで拡大されます)

      ローデシア・グレートジンバブエ遺跡

 これは、ローデシア時代の1970年に発行された“グレート・ジンバブエ遺跡”の切手です。

 グレート・ジンバブエ遺跡はジンバブエ高原の南端に位置しており、周囲の集落を含めると東西1.5km、南北1.5kmの推定面積約2平方キロという南部アフリカ最大の石造建築物群で、世界遺産にも登録されています。なお、“ジンバブエ”は、現在のジンバブエ国家で多数派を占めるショナ人の言語、ショナ語で“(王宮を含意する)石の家”の意味で、現在の国名は、グレート・ジンバブエ遺跡に由来するものです。

 遺跡は、アクロポリス(丘上廃墟)、谷の遺跡、240mの花崗岩の壁で囲まれた王宮跡(グレート・エンクロージャー)から構成されており、切手に取り上げられている塔は高さ9mで王宮跡にそびえていますが、その目的は定かではありません。

 現在のザンビア、ジンバブエ、マラウイに相当する地域は、英国支配下の1953年、ローデシア・ニヤサランド連邦として統合されました。しかし、連邦の経済政策が白人入植者の集中する南ローデシア偏重であったため、黒人民族主義者の不満は根強く、内部の対立も激しくなって1963年に連邦の維持は不可能となり、翌1964年7月にニヤサランドがマラウイとして、同年10月には北ローデシアもザンビアとして独立しました。

 一方、連邦の解体以前から、南ローデシアでは、ソ連の支援を受けたジンバブエ・アフリカ人民同盟(ZAPU)や中国の支援を受けたジンバブエ・アフリカ民族同盟(ZANU)が独立闘争を展開していましたが、1964年、植民地政府首相に就任したイアン・スミスは白人による支配体制の維持を主張して黒人の抵抗運動を徹底的に弾圧します。

 これに対して、英国は周辺国との足並みをそろえて、黒人を含めた参政権を保障したうえでの独立を南ローデシアにも求めましたが、白人政権はこれを拒否。1965年、英本国から派遣されていた総督を追放し、白人中心のローデシアの独立を宣言しました。

 当然のことながら、スミス政権に対しては黒人の抵抗運動が組織されたましたが、ローデシア政府は国民民主党(NDP)の活動を禁止したのをはじめ、黒人による独立運動を徹底的に弾圧。これに対して、国際社会はローデシア政府を非難し、1966年以降、国連は経済制裁を科しましたが、南アフリカ共和国やポルトガル領モザンビークはローデシア政府を支援します。これに対して、中ソの支援を受けた黒人が武装闘争を展開し、ローデシアは内戦状態に突入しました。

 当初、ローデシア紛争は白人政府軍が圧倒的に優位でしたが、1975年にモザンビークが独立して反政府側を支援するようになったころから形勢は次第に逆転。その後、米国の圧力を受けた南アフリカ大統領、バルタザール・フォルスターが内戦の調停に乗り出し、1978年3月3日、スミス政権と、アベル・ムゾレワ司教ら黒人穏健派指導者の間で停戦協定が調印されました。

 協定の結果、暫定政権樹立を準備するための議会選挙が実施されることになり、暴力を放棄した唯一の黒人政党・統一アフリカ民族会議(UANC)が勝利しました。しかし、スミス政権はこの結果を認めず、居座りを図ったため、1979年9月、英国政府の呼びかけで、ジンバブエ・ローデシアの全政党の参加によるランカスター・ハウス協定が調印され、100議席中、20議席を白人の固定枠とすることで合意が成立、1980年2月の総選挙を経て、1980年3月4日、ムガベが初代首相に就任。4月18日、黒人国家・ジンバブエが正式に独立を達成しました。

 
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