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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 “ナチスばあちゃん”に禁錮2年6月
2018-08-08 Wed 01:17
 ナチス・ドイツによるホロコーストを何度も否定しては有罪判決を受け続け、“言論の自由”を理由に控訴していた“ナチスばあちゃん(Nazi Oma)”ことウルスラ・ハーバーベック被告(ドイツ人・89歳)の裁判で、ドイツ最高裁判所は、ホロコーストを否定する行為は言論の自由には該当せず、“治安を脅かしている”との裁定を下し、禁錮2年6月を言い渡しました。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      アウシュヴィッツRSHA工作(赤印)

 これは、アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所の存在を外部に秘匿するための、いわゆる“RSHA郵便工作”によって差し出された葉書です。RSHA郵便工作で差し出された葉書に関しては、葉書のフォーマットや押されている印にバラエティがありますが、今回は、差出人の住所氏名記入欄が左上にあり、赤印が押されたモノをご紹介してみました。

 1942年1月に「ユダヤ人問題の最終解決」を策定して以降、ナチス・ドイツは本格的にユダヤ人絶滅政策に着手していくことになりますが、彼らは、自ら行っているユダヤ人の大量虐殺の事実が明るみに出て、国際社会の指弾を受けることについてはできる限り避けたいと考えており、そのためのさまざまな偽装工作が行われました。

 その代表例が、ベーメン・メーレン保護領のボヘミア地方に置かれていたテレージエンシュタット(チェコ語名テレジーン)収容所でした。

 テレージエンシュタット収容所は、国際赤十字の視察調査を受け入れるための施設という色彩が強かったため、他の収容所より外観が丁寧に整えるなど、収容者を優遇していることを装う風が整えられていましたが、それでも、1941年11月24日から1945年4月20日までの間、総計14万人以上のユダヤ人が収容され、そのうち3万3000人以上が亡くなっています。この数字は、他の収容所よりは多少はましだったのかもしれませんが、それでも、過酷な状況であったことには変わりありません。

 このように、外部世界に対するショウ・ウィンドウとしてテレージエンシュタット収容所を作ってまで、自分たちの残虐行為を秘匿しようとしていたナチス・ドイツにとっては、最大規模の絶滅収容所である、ビルケナウのアウシュヴィッツ第2収容所は、その存在さえ、外部には知られたくないものでした。

 このため、アウシュヴィッツ・ビルケナウの存在そのものの秘匿工作の一環として、1942年8月以降、“RSHA郵便工作”と呼ばれる偽装工作が開始されます。ちなみに、RSHAとは、ナチス親衛隊の12本部のうち、ドイツ本国およびドイツ占領地の敵性分子を諜報・摘発・排除する政治警察機構の司令塔であった“国家保安本部(Reichssicherheitshauptamt der SS)の略称です。

 RSHA郵便工作では、新たにアウシュヴィッツに到着した収容者に手紙を書かせる際、通常の収容者の葉書のように注意事項が印刷されてない用紙を支給し、差出人の住所としては強制収容所の施設名として一般に使われる“Konzentlationslager”ではなく、労働者が集団生活を行っているという意味で“Arbeitslager”が用いられています。

 なお、今回、有罪判決が確定した“ナチスばあちゃん”は、「アウシュヴィッツ・ビルケナウ収容所は絶滅収容所ではなく、強制労働所だった」と長年にわたって主張しており、そのことが今回の判決につながったわけですが、仮に、同収容所が純然たる“労働キャンプ(Arbeitslager)”であったとするなら、今回ご紹介しているようなRSHA郵便工作が行われる必要はないわけで、やはり、ホロコーストそのものを全否定しようとするその主張には無理があるでしょう。

 さて、RSHA郵便工作の一環として書かされた葉書は、収容者の健康状態が良好である、食事や居住環境などに不満はない、労働面でも厚遇されているといった類のもので、収容所におけるユダヤ人迫害を否定し、ナチスの“人道的措置”をアピールするものとなっています。この種の葉書を受け取ったユダヤ人の中には、同胞からの手紙の内容を信じて、アウシュヴィッツに行けばゲットーの中にいるよりも生活状況が改善されると思わされて、自らアウシュヴィッツ行を希望してしまった者さえ少なからずあったと報告されています。

 RSHA郵便工作では、主として、テレージエンシュタット収容所からビルケナウ収容所に移送されてきたばかりの収容者にこうした手紙を書かせていました。上述のように、テレージエンシュタットの収容者の待遇は、他の収容所に比べれば比較的良好でしたから、その経験の上に、ビルケナウでも屋内の軽作業に従事させてから手紙を書かせれば、「(他の人々の劣悪きわまる悲惨な状況に比べれば)自分たちは良い条件の下で働いている」との手紙の文面は、あながちウソではないとの収容所側の強弁も成立しないわけではないかもしれません。しかしながら、そうした手紙を書き終えた後、収容者たちの生活環境は一挙に暗転するのが常でした。

 さて、RSHA郵便工作の葉書はビルケナウからいったんベルリンに送られた後、そこで検閲を受けるとともに、いまだ収容所に移送されていない受取人の住所氏名をチェックしたうえで、返信時の注意を記した印を押され、国家保安本部によって6ペニヒ切手を貼られた後、ベルリン市内のシャルロッテンブルク2郵便局から発送されています。

 葉書に押されている印の文面は「葉書についての返信はドイツ語で、ベルリン市N65、イラニッシェ通り2番地のドイツ帝国ユダヤ人協会を通じてのみ受け付ける(Rückantwort nur auf/ Postkarten in deutscher Sprache/ über die/ Reichsvereinigung der Juden in Deutschland./ Berlin N65, Iranische Straße 2)」となっていますが、実際に、このルートで収容所の収容者に届けられた郵便物は確認されていません。なお、ドイツ帝国ユダヤ人協会は、オーストリアとベーメン・メーレン保護領を除くドイツ本国の“全ユダヤ人”が強制的に加入させられた組織で、1939年7月4日に創設され、国家保安本部が管轄していました。

 今回ご紹介の葉書は、そうした郵便工作によってビルケナウの収容者がプラハ宛に差し出した葉書で、葉書が書かれたのは1944年3月25日、シャルロッテンブルク郵便局の消印は同年5月10日です。

 なお、アウシュヴィッツと郵便については、拙著『アウシュヴィッツの手紙』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手にとってご覧いただけると幸いです。


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