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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 アジア杯はカタールが優勝
2019-02-02 Sat 12:08
 アラブ首長国連邦(UAE)で開催されていたサッカーの第17回アジアカップは、きのう(1日)、決勝が行われ、カタールが日本を3-1で下して初優勝を果たしました。というわけで、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ブラジル・カタールとの修好

 これは、2011年にブラジルが発行した“カタールとの修好”の記念切手で、両国の国旗を背景に、両国代表のユニフォームを着たサッカー選手が描かれています。

 ブラジルとカタールとの外交関係は、1971年のカタール独立を経て、1974年11月5日に樹立されました。当初は、大使館は開設されず、ニューヨークの駐米カタール事務局と、アブダビのブラジル大使館が、両国の大使館業務を代行していました、その後、1997年にカタールはブラジリアに大使館を開設しましたが、ブラジル側が財政上の理由でドーハに大使館を開設しなかったため、1999年にはブラジリアのカタール大使館も閉鎖されました。

 その後長らく、両国には大使館のない状態が続いていましたが、2005年、ブラジルのセルソ・アモリム外相(当時)がドーハを訪問し、大使館の解説を約束。同年中にドーハにブラジル大使館が開設されたことを受けて、2007年、ブラジリアのカタール大使館が再開されています。ちなみに、今回ご紹介の切手は、2011年、ブラジルのアントニオ・パトリオッタ外相がカタールを訪問し、ハマド首長と会談した際に、両国の友好関係をアピールするために発行されました。

 ちなみに、サッカーのカタール代表は、1980年代以降、1981年のFIFAワールドユース選手権準優勝、1984年のロサンゼルス五輪出場するなど、着実に力をつけ、1992年にはブラジル人のエヴァリスト・デ・マセドを代表監督に招聘しています。マセド監督の下、カタール代表は湾岸諸国を対象としたガルフカップで優勝し、同年の1992年のバルセロナ五輪でも8強入りするなどの実績を残し、同年10月に開幕のアジアカップでは優勝候補の一角にも挙げられていました。

 ところが、カタール代表はグループリーグでまさかの敗退。一方、開催国の日本はブラジルから日本に帰化したラモス瑠偉等の活躍で初優勝を遂げたため、以後、カタールは帰化選手による強化戦略を推進するようになったと言われています。


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