内藤陽介 Yosuke NAITO
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 龍の舞
2006-10-11 Wed 00:38
 プロ野球のセリーグは中日ドラゴンズが優勝しました。というわけで、今日は龍がらみの切手の中から、こんな1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

満洲・紀元2600年

 これは、1940年に満洲国が日本の“紀元2600年”を記念して発行した切手の1枚で、龍燈(龍踊ともいう)が取り上げられています。尚、同時に発行されたもう1枚の切手に関しては、こちらもご覧ください。

 龍燈は、玉持ち一名、龍の担ぎ手数名、囃子方が一体となって演じる舞で、長崎くんちの出し物をイメージしていただくのがわかりやすいと思います。この舞は、不老長寿の源であるとされる月を、龍が食べようとして追いかけるものの なかなか捕らえきれない様子を描写したもので、龍が体を左右に振りながら玉を追いかける“玉追い”から龍がとぐろを巻いた自らの体の影に隠れた玉をさがす“玉さがし”(ずぐら)へ、そして再度玉追いへとつなげるのが基本的なスタイルです。

 龍燈が切手の題材として選ばれることになったのは、満洲国の漢人系住民がみて“おめでたい題材”であることがすぐに理解されるということに加えて、1940年が辰年だったという事情もあったということです。

 また、切手のデザインは、“日満一体”のスローガンに沿って、漢人デザイナーが担当することが早い段階で決められており、新京在住の洋画家、李平和に原画制作の作業が委嘱されました。

 李は幼少時に病気で聴覚を失ったものの、障害をバネに精進を重ね、満洲国美術展覧会に入選した青年画家で、その作品は皇帝溥儀の仁慈を示すものとして“天覧”の栄に浴したこともあります。当然、このことは新聞報道などを通じて、当時の満洲国内では広く社会的な話題としてもとりあげられており、満洲国政府の側からすれば、李は漢人に対する宣撫工作の担い手として使いやすい人物でした。

 原画の制作に際しては、当初、実際に龍燈を舞わせてそれを写真撮影したものを資料とすることも検討されたのですが、これは実現せず、結局、協和会の制作した宣伝用年画(新年の吉運を祈るため、春節にあわせて門扉や壁に貼る縁起物の印刷物)や建国節(3月1日)のポスター、満洲国通信社が1938年5月2日の訪日宣詔記念日に撮影した写真、さらには李の自宅にあった茶碗などをもとに、原画が作られました。切手の原画というなれない仕事だけに、李は相当苦労したようで、郵政総局からは何度もダメだしをされたと伝えられています。

 さて、先月末に角川新書の1冊として刊行されたばかりの拙著『満洲切手』は、今回ご紹介の切手をはじめ、満洲国が発行した切手のデザインやその発行にいたる経緯などを丹念に読み解いていくことで、満洲国の13年半を再構成しようと試みた作品です。是非、お手にとってご覧いただけると幸いです。
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