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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 反米の世界史・拾遺
2005-07-21 Thu 09:15
 『反米の世界史』の刊行から1ヶ月が過ぎ、ボツボツ、いろんな方からご意見・ご感想などを頂戴しています。その中で、ある読者の方から、「こんな話もあるよ」というご提案をいただきましたので、ご紹介しましょう。

 まずは、下の切手を見てください。

マリエンヴェーダー

アメリカの第一次大戦

 このうち、上の切手は、第一次大戦後、国際連盟の管理下に置かれていたマリエンヴェルダーで発行されたものです。マリエンヴェルダーはドイツとポーランドの国境地帯にあり、大戦後は連盟の管理下に置かれていましたが、1920年に住民投票でドイツへの帰属が決定されました。

 切手は、連盟の管理下にあることを示すため、女神の背後に4大戦勝国の国旗を掲げていますが、そのうちの一つが日章旗です。(ちなみに、外国の切手としては、これが日章旗を描いた最初の例となります)

 一方、下はアメリカが発行した第一次大戦勝利の記念切手ですが、こちらも、女神の背後に主要な戦勝国の国旗を掲げるという構図を取っています。ところが、こちらの切手には、日章旗は取り上げられていません。

 第一次大戦を通じて、日本はアジア・太平洋地域での勢力を急速に拡大しましたが、そのことに強い警戒感を持っていたのが、フィリピンを領有していたアメリカでした。このため、アメリカは、アジア・太平洋地域の戦後処理として、ワシントン条約体制を作り上げ、“現状維持”の名の下に日本の拡大を食い止めようとします。

 アメリカの大戦勝利の記念切手に日章旗が取り上げられていないのも、そうしたアメリカの日本に対する警戒感が背後にあったのではないか、という推測は十分に可能なものと思われます。

 ワシントン条約体制は、いわば太平洋戦争のルーツともいうべきものですから、『反米の世界史』でも相応のスペースを割いて説明していますが、マリエンヴェルダーの切手とアメリカの切手を比較することはしていませんでした。まぁ、この話は“反米”というよりは“反日”に近いものではありますが、当時の日米関係を考える上で興味深いエピソードであることだけは、間違いないでしょう。
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