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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 北アイルランド自治政府が3年ぶり復活
2020-01-14 Tue 00:47
 2017年1月以来、政党間の対立で自治政府が機能停止に陥っていた英領北アイルランドで、おととい(11日)、3年ぶりに議会が再開されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      北アイルランド・1958年紫

 これは、1958年に発行された北アイルランドの地方切手です。

 英国の地方切手は、もともと、第二次大戦後、ドイツによる占領から解放されたチャンネル諸島の観光宣伝のため、1940年代後半に提案された企画でしたが、その時点では実現せず、1958年になって、同諸島の他、マン島スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの各地で、エリザベス女王の肖像に各地の紋章やシンボルマークなどを入れた、その地域専用の切手として実現しました。

 このうち、北アイルランドの地方切手には、①アルスターの赤い手、②アルスターの赤い手と王冠、③亜麻、④アルスターの門柱、などがシンボルマークとして女王の脇に描かれていましたが、今回ご紹介の3ペンス切手には、このうちの②と③が取り上げられています。

 切手に取り上げられた“アルスターの赤い手”は、かつてのアルスター王国(現在の英国北アイルランドの地域にほぼ相当)で王位継承をめぐるボートレースが行われた際、王位を望んでいた男が自らの左腕を切り落として岸に投げ、王位を勝ち取ったとの伝説に由来するもので、もとは、アルスター地方の族長だったオニール家の紋章として用いられていました。なお、切手に描かれている紋章は右手ですが、紋章としては、左手のヴァージョンもあります。

 1534年 イングランド王ヘンリー8世が国王至上法(首長令)を公布し、イングランド国教会がカトリックから独立。イングランドとウェールズ、後にはスコットランドがプロテスタントを受け入れたのに対して、アイルランドではカトリックの教義を守り続けました。

 このため、1649年、クロムウェルのアイルランド遠征により、アイルランドはイングランドの植民地になると、以後、カトリックが多数を占めるアイルランド人に対する英国国教会の差別や弾圧が始まります。

 1801年、グレートブリテンおよびアイルランド連合王国が成立すると、アイルランドは国外植民地としての自主性も失い、完全に英国に併合され、同化政策が進展。これに対して、アイルランドでは英本国からの分離独立を求める民族運動が高揚する一方、全島32州のうちプロテスタント住民が多数派を占める北部のアルスター6州では、独立に反対派も少なくありませんでした。

 こうした背景の下、1913年、アイルランドの独立に反対する北部6州でプロテスタント系武装組織としてアルスター義勇軍が結成。これに対抗して、独立派のアイルランド共和主義同盟(IRB)のパトリック・ピアースらはカトリック系武装組織としてアイルランド義勇軍を組織します。IRBは、1916年4月24日のイースター・マンデーに、義勇軍1000、市民軍250で蜂起を敢行しましたが、4月28日 英国軍は約2万人を動員して翌29日までにこれを鎮圧。5月3日以降、ピアースら叛乱指導部は処刑されます。

 これを機に、アイルランド人の愛国心と反英感情が一挙に高揚。1918年総選挙で独立派のシン・フェイン党が勝利し、1919年、アイルランド共和国の独立が宣言されると、これを認めない英国との間でアイルランド独立戦争が勃発しました。

 その後、1921年に独立派とイギリスは英愛条約を結び、南部26州(南アイルランド)は英国王を元首とする同君連合国家(ドミニオン)アイルランド自由国として分離。これに対して、プロテスタントが多い北アイルランドはアイルランド自由国からの離脱と連合王国への再編入を決定。これにより、北アイルランドは独自の議会と政府を持つ、英連合王国の構成国の1つになります。

 しかし、1922年以降も、北アイルランド内ではカトリックに対する社会的差別が続いたことに加え、親英派のアルスター統一党がゲルマンダリングにより自治政府の政権を独占。このため、1960年代後半になると、米国の公民権運動などの影響を受けて、カトリックとプロテスタント主体の北アイルランド政府との対立が深刻化しました。そして、1969年 アイルランド民族主義過激派は、私兵組織として“IRA(アイルランド共和国軍)暫定派”を結成して北アイルランド政府に対するテロを展開していくことになります。

 1980年代まで、IRAはリビアから大量の武器を調達して英国との対決姿勢を鮮明にしていましたが、徐々に、その目標を軍事的なものから政治的な方向へ転換。さらに、1990年代に入り、英国とアイルランドの経済が好転するとし、紛争も沈静化に向かっていきます。こうした中で、北アイルランドではカトリックの人口が増加し、全人口の40%以上になると、英政府も「北アイルランドの帰属は住民の民主的決定に従う」との方針転換に踏み切りました。

 そして、1998年4月10日のベルファスト合意で、北アイルランド議会や、アイルランド共和国と北アイルランド議会の代表で構成される南北評議会が設立され、ユニオニスト(英国残留派)とナショナリスト(分離派)の双方が北アイルランド政府に参加。アイルランド共和国は国民投票により北アイルランド6州の領有権主張を放棄するというかたちで、和平が成立します。

 しかし、その後も、北アイルランドでは散発的な暴力事件が継続。さらに、2016年の国民投票で英国のEUから離脱の方針が決まると、EUからの離脱に反対の世論が圧倒的な北アイルランドでは、ナショナリストとユニオニストの対立が再燃。2017年1月には、再生可能エネルギー政策の費用高騰をめぐるスキャンダルがきっかけで北アイルランド自治政府・議会が機能停止に陥り、基本的な行政サービスにも支障が出ていました。

 今回の議会再開に当たっては、英国のEU離脱が今月末に迫る中で、ユニオニストとナショナリストが連立に合意。自治政府の首相には、プロテスタント系強硬派の民主統一党(DUP)のアーリーン・フォスター党首が、副首相には、カトリック系の民族主義政党シン・フェイン党のミシェル・オニール副党首が就任することになりました。


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