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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 竹島の日
2021-02-22 Mon 01:12
 きょう(22日)は“竹島の日”です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・光復16年

 これは、1961年8月15日に韓国が発行した“光復節(解放記念日)”の記念切手で、朝鮮半島の地図を背景に、南北分断の鎖を断ち切る松明が描かれています。松明は3本の腕で掲げられており、中央の腕には“8・15”(光復節ならびに大韓民国政府樹立記念日)、左側の腕には“4・19”(李承晩打倒の4月革命の日)、右側の腕には“5・16”(朴正煕の軍事クーデターの日)の日付がそれぞれ記されているのですが、画面の右側、朝鮮半島の東の海上に鬱陵島と竹島と思しき点が二つあることに注目したいところです。(その部分を拡大した画像を知らに貼っておきます)

      韓国・光復16年(部分)

 1951年9月のサンフランシスコ講和条約調印時、日本漁船の活動可能領域は、SCAPIN第1033号「日本の漁業及び捕鯨業に認可された区域に関する覚書」によって、北緯24度東経123度、赤道の東経135度、赤道の東経180度、北緯24度東経180度を結ぶ線内、すなわち“マッカーサー・ライン”の内側とされていました。

 1948年に発足した韓国政府は“大韓民国臨時政府”による対日宣戦布告を根拠として、“戦勝国”として講和条約に調印することを主張しましたが、国際社会からは全く相手にされませんでした。1945年以前の朝鮮半島は大日本帝国の正規の領土であり、大韓民国臨時政府は連合諸国から承認された存在ではなく、したがって、朝鮮人による抗日闘争はあったにせよ、韓国が国家として日本と戦った事実はないというのが国際社会の共通認識だったからです。

 このため、講和条約調印を受けて、同条約発効前の国交正常化交渉(第1次会談)が1952年2月に開始されることになると、その直前の1月18日、日本に対して優位に立とうとした李承晩政権は、突如「大韓民国隣接海洋の主権に対する大統領の宣言」を一方的に発し、国防と漁業資源の保全を理由として、韓国沖合の部分について、マッカーサー・ラインよりも日本寄りに“平和線”(日本側では“李承晩ライン”と呼ばれていました)を設定。これを領海として、水域内のすべての天然資源、水産物の利用権を主張します。この李承晩ラインの韓国側に竹島(韓国名“獨島”)が含まれていたことが、いわゆる竹島問題の発端です。

 当然のことながら、1905年の「内務大臣訓令」によって竹島を島根県隠岐島庁へ編入して以来、第二次大戦の終結まで一貫して竹島を領有していた日本側は、李承晩ラインの設定に猛反発。米国も韓国政府を非難しましたが、韓国側はその後も竹島の不法占拠を続け、李承晩ラインを侵犯したとして韓国側に拿捕される日本漁船が続出しました。

 ところで、1961年5月のクーデター(516革命)で政権を掌握する以前から、朴正煕は日本との国交正常化の必要性を痛感していました。それは、彼が最優先課題であると考えていた経済開発のためには外資が必要であり、そのためには、米国に次ぐ大口の出資者として日本を引き寄せなければならなかったためです。

 しかし、今回ご紹介の切手が発行された1961年8月は、クーデターそのものに対する国民世論の反発を抑え、まずは政権基盤を固めるためにも国民の融和と団結を強調する必要がありました。特に、日本の陸軍士官学校卒業という朴の経歴は、1960年までの李承晩政権が反日感情を煽ることでナショナリズムを強調してきたという経緯もあり、韓国国内では“(ネガティヴな意味での)親日派”としてとらえられ、日本との国交正常化のための日韓会談そのものへの反対論の一要因ともなっていました。

 そこで、朴正煕政権としては、今回の切手に関して、国民の団結により分断の解消を目指すという国家目標とあわせて、竹島と思しき点を“韓国地図”の一部として切手に書き込むことで、国民に対して「日本に対して安易な妥協はするつもりはない」との姿勢を示そうとしたものと考えられます。逆にいうと、切手の地図に“獨島(竹島の韓国名)”を示さなかった場合には国民の強い反発を招きかねないとの懸念があったのかもしれません。なお、1954年の竹島切手に関しては日本政府は韓国に抗議していますが、今回の切手について、韓国側に抗議した形跡はありません。

 さて、日本との国交正常化問題については、1961年11月、訪米の途上で朴正煕みずからが日本に立ち寄り、日本の首相・池田勇人と会談。以後、中央情報部長の金鐘泌を日本に派遣して秘密交渉を開始し、最大の懸案であった賠償問題については、韓国側の“請求権”に応じ、日本側が無償経済協力3億ドル、政府借款2億ドル等を支払うことで、1962年2月、大筋の合意に到達しました。

 一方、竹島問題に関しては、1965年1月、自民党の宇野宗佑議員が訪韓して韓国の丁一権国務総理と会談。その結果、①島については今後、双方が自国の領土と主張することにし、これに反論することに異議は提起しない、②韓国が占拠している現状は維持するが、警備隊員の増強や新しい施設の増築などはしない、③両国はこの合意を守る、として、竹島問題を事実上棚上げにするとの“密約”が成立。大統領の朴正熙がこれを自ら裁可し、日本側の佐藤栄作首相などに伝えられたとされています。

 ただし、こうした密約はあくまでも密約でしかありませんから、交渉に関わった当事者がいなくなれば、対立が再燃することは避けられず、廬武鉉政権以降、それが顕在化しているというのは周知のとおりです。

 ちなみに、このあたりの事情については、拙著『日韓基本条約』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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