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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ラウル・カストロ、引退を表明
2021-04-18 Sun 03:31
 キューバで、16日(現地時間)、5年ぶりの共産党大会が開幕。党トップのラウル・カストロ中央委員会第一書記(以下、ラウル)は「党第一書記としての私の任務は、重責を終えた満足感と祖国の未来への信頼とともに終える。命尽きるまで一人の革命戦士として、ささやかな貢献を続ける覚悟で戦う」と述べ、引退の意向を表明しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      キューバ・教皇キューバ訪問(2012)

 これは、2012年にキューバが発行した“教皇ベネディクト16世キューバ訪問”の記念切手で、教皇と並ぶラウルが取り上げられています。

 ラウルは、1931年6月3日、カストロ3兄弟の末子として ビランで生まれました。兄のフィデルと共にハバナで教育を受け、ハバナ大学では社会科学を専攻。フィデルと共に反バティスタの学生運動に参加していましたが、兄よりも早く共産主義に傾倒し、1953年には、ヨーロッパを旅行中にKGBの工作員と接触しています。

 キューバ革命の原点とされる1953年のモンカダ兵営襲撃にはフィデルとともに参加し、逮捕・投獄。1955年に恩赦で釈放された後、メキシコに亡命し、アルゼンチン出身のエルネスト・“チェ”・ゲバラと知り合い、ゲバラをフィデルに引き合わせました。

 1956年12月、フィデル、ゲバラとともにグランマ号でキューバに再上陸。一行は、すぐにキューバ軍に発見されて攻撃を受け、シエラ・マエストラ山中でのゲリラ戦を展開することになります。

 1958年3月10日、ラウルは第二東部戦線の指揮官に就任。8月以降、フィデルとともに、キューバ島東部、オリエンテ地方の中心地であるサンティアゴ・デ・クーバを目指して進軍を開始し、11月20-30日のグィサの戦闘では、政府軍に死者116名、負傷者80名の損害を与えて、勝利を収めました。

 1958年12月29日、ゲバラ率いるシロ・レドンド第8部隊がキューバ島中部の要衝、サンタ・クララを攻略し、革命側の勝利が決定的になると、1959年1月1日、バティスタはドミニカ共和国に亡命し、キューバ革命が達せられます。一方、カストロ兄弟も、同日、サンティアゴ・デ・クーバを完全制圧したうえで、首都ハバナへ向けて進軍を開始。1月8日、人々の歓呼の中を鹵獲した戦車に乗ってハバナに入城しました。

 革命後のラウルは、ゲバラとともに、旧バティスタ政権幹部の処刑を指揮・実行。1959年10月には国防大臣に就任し、以後、2008年までその地位にとどまりました。

 1959年のミサイル危機(キューバ危機)後はソ連との関係強化を強く主張し、中ソ対立に関しては明確に親ソ反中の立場を取り、ソ連も帝国主義の一国にすぎないとして(中国に親和的な)独自路線を主張するゲバラと対立。ゲバラがキューバを去った後、1965年10月、革命以来の政権党であった社会主義革命統一党がソ連の意を汲んで“キューバ共産党”へと改組されると第2書記に就任し、政権内でフィデルに次ぐ地位を確立しました。

 1976年、革命後最初の憲法が制定され、フィデルが国家元首に相当する国家評議会議長に就任すると、ラウルは同第一副議長に就任。1997年の党大会で、正式にフィデルの後継者に指名されます。ちなみに、この間の1991年にソ連が消滅したことにより、キューバは中国との関係を改善したため、ラウル政権時代のキューバは基本的に親中路線を採ることになりました。
 
 2006年7月31日、フィデルが腸の手術を受けた後、党・政府におけるその職務を代行。2008年2月19日にフィデルが引退を発表すると、国家評議会議長に選出。さらに、2011年4月の党大会で、フィデルが党中央委員会第一書記を正式に辞任したことをうけて、後任の第一書記に就任しました。今回ご紹介の切手は、その翌年の2012年、キューバの守護聖人とされる“カリダデルコブレ聖母像”が1612年に発見されてから400年周年を記念するという名目で、教皇ベネディクト16世がキューバを訪問したことを記念して発行されたものです。

 2013年2月24日、国家評議会議長に再任されものの、この任期満了となる2018年での引退を明言し、副議長にはミゲル・ディアス=カネルを任命。2017年9月のハリケーン・イルマの影響で人民権力全国会議の選挙は遅延しましたが、2018年4月19日には、予定通り、ディアス=カネルに国家評議会議長の地位を譲って勇退しました。

 一方、党務に関しては、2016年4月16日に開幕した前回党大会で第一書記に留任したものの、やはり、その任期満了をもって引退することを明言。今回の引退表明はその言葉を実行に移したもので、革命以来60年以上にわたる“カストロ時代”が正式に終わりを告げることになりました。

 なお、フィデルとラウルのカストロ兄弟とゲバラによるキューバ革命とその時代については、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。
 

★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 4月19日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください。なお、スタンプショウの詳細はこちらをご覧ください

 4月24日(土)  倉山塾東京支部特別講演
 靖国神社参拝と講演がセットになった有料イベント(参加費は3000円、高校生以下1000円)で、スケジュールは以下の通りです。
 14:15 集合 靖国神社 大村益次郎像前 → 参拝(昇殿参拝ではありません)後、講演会場へ移動
 15:00 講演会の受付開始
 15:30-17:00 内藤の講演(拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の内容が中心ですが、前日のスタンプショウとは内容が異なるので、両方ご参加いただいても問題ありません)
 * 終了後、懇親会の予定あり(別途予約が必要です)
 お申し込みなどの詳細はこちらへ。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』4月20日刊行! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

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