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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 まさかの友が真の友
2007-01-14 Sun 00:37
 アルゼンチンのイサベル元大統領が1976年2月の反政府派行方不明事件に関与した容疑でスペイン警察に逮捕されました。元大統領は、故フアン・ペロン元大統領の3番目の妻(ちなみに、2番目の妻がエビータことエバ・ペロンです)で副大統領だった1974年に夫の死に伴い世界初の女性大統領に昇格した人物。というわけで、今日は旦那のフアン・ペロンの切手を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

ペロンのパラグアイ訪問

 これは、1955年4月にペロンのパラグアイ訪問を記念してパラグアイが発行した切手を、ペロンの肖像の絵葉書に貼って消印を押したものです。切手に描かれている左側の人物がパラグアイ大統領のアルフレド・ストロエスネル大統領で、右側がペロンです。

 ペロンはブエノスアイレス郊外の出身で、陸軍内で栄達を重ね、1943年5月に副大統領兼国防大臣になります。第二次大戦中のアルゼンチンは中立国でしたが、ペロンは枢軸国寄りだったため、1945年10月には、アメリカが後押しするエドワルド・アバロスによる軍事クーデターで拘束されました。このとき、後に2番目の妻になる元女優のエバ・ペロン(エビータ)が国民にラジオでペロンの釈放を訴えたことでクーデターが失敗し、翌1946年、大統領に就任したことは広く知られているとおりです。

 で、大統領としてのペロンは、労働者の保護や英米企業の国営化などの左翼的な政策を推し進め、労働者層から圧倒的な支持を受け独裁権力を掌握したものの、1952年に国民からカリスマ的な支持を受けていた妻のエバが亡くなると、その3年後の1955年9月には軍事クーデターで大統領の職を追われ、パラグアイ経由でスペインに亡命しています。で、亡命先のスペインで知り合い、再婚したのが、今回逮捕されたイサベラ(当時はクラブ歌手だったそうです)でした。

 その後、ペロンは1973年7月に、前大統領が辞任したことを受け、大統領選挙に出馬して勝利を収め、同年10月に再び大統領に復帰。副大統領にイザベラ・ペロンを就任させたものの、わずか1年後の1974年7月に病死。副大統領であったイザベラが大統領に就任するものの、1976年3月には軍事クーデターで彼女も解任され、1981年まで身柄を拘束されていました。

 さて、今回の切手は1955年のクーデターでペロンが国を追われるわずか5ヶ月前に発行されたものですが、大統領の時代のペロンは、まさか、自分が亡命というかたちでパラグアイを再訪することになるとは夢にも思わなかったでしょう。もっとも、4月の訪問でお互いの友誼を深めていたからこそ、パラグアイもペロンを受け入れるということになったという面もあるのでしょうけれど…。いずれにせよ、「まさかの友が真の友」を地で行くような話ではありますな。
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