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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 アラブの都市の物語:ドーハ
2007-01-20 Sat 00:47
 NHKのアラビア語会話のテキスト2・3月号が出来上がってきました。僕の連載「切手に見るアラブの都市の物語」では、今回は、先ごろおこなわれたアジア大会にちなみ、カタールのドーハを取り上げました。

グランドモスクと時計塔

 ドーハは、ペルシャ湾に突き出た半島の国、カタールの首都で、同国東岸の中央よりやや南に位置しています。

 カタール半島では紀元前3000年から紀元前2000年頃の遺物も出土しているのですが、近代以前の歴史はほとんどわかっていません。都市としてのドーハの歴史も比較的新しく、現在のカタール王家にあたるサーニー家がビーダとして都市を建設したのは1850年のことでした。

 当時のサーニー家はカタール半島全域を支配していたわけではなく、半島の北部はバハレーンのハリーファ家が支配していました。サーニー家が半島全域を掌握するのは、1868年、イギリスの仲介で、サーニー家がハリーファ家に貢納する代わりに、ハリーファ家はカタール半島から撤退するということが決められてからのことです。なお、1872年、カタール半島はオスマン帝国によって占領されますが、カタール側の抵抗もあり、オスマン帝国はサーニー家による半島支配を実質的に認めていました。

 第一次大戦中の1916年、オスマン帝国と交戦中であったイギリスはサーニー家と条約を調印し、以後、カタールはイギリスの保護領となり、ビーダはドーハと改称されて保護領カタールの首府になりました。

 現在のカタール経済を支えている石油産業は、1935年に英蘭仏米の共同国益会社「カタール石油会社(Qatar Petroleum Company)」に対して、カタールでの75年間の石油掘削権を承認したところから本格的に始まります。その後、1940年には高品質の石油が半島西岸で発見されますが、第二次大戦の影響で1949年までカタール産の石油が輸出されることはありませんでした。

 1950年代に入り、石油の輸出が本格化すると、それまで小さな港町だったドーハは急速に都市開発が進められ、いまからちょうど50年前の1957年にはランドマークとしてのグランド・モスクと時計塔が建てられています。今回ご紹介の切手は、1973年発行の“独立2周年”の記念切手で、グランド・モスクと時計塔が描かれています。(画像はクリックで拡大されます)

 1968年、イギリスの労働党政権が1971年末をもってスエズ以東から軍事的に撤退することを発表すると、カタールを含むペルシャ湾岸の9首長国が連邦を結成するというプランが浮上しました。しかし、実際には、カタールは連邦に参加せず、1971年9月3日、単独で独立し、国際連合とアラブ連盟に加盟しました。

 潤沢な石油収入を背景に急成長を遂げてきたカタールですが、近年は石油依存型の経済構造を改善すべく、産業の多角化に力を注いでいます。

 中でも注目すべきはスポーツ産業でしょう。1993年10月のFIFAワールドカップ・アメリカ大会アジア地区最終予選の日本対イラク戦で、日本代表がロスタイムで同点に追いつかれてワールドカップへの初出場を逃した“ドーハの悲劇”はご記憶の方も多いかもしれません。このほかにも、テニスのドーハ・カップや二輪ロードレースのモトGP、昨年の陸上競技グランプリやアジア競技大会などの国際スポーツイベントが、アスパイア・ゾーンにあるハリーファ国際競技場をはじめ、市内ならびに近郊で行われています。また、アスパイア・ゾーンには、世界クラスのアスリート養成を目指して設立されたスポーツ学校のアスパイア・アカデミー(ASPIRE Academy)が2004年に開校し、ドーハは世界的にも重要なスポーツ産業の拠点としての地位を確立しています。

 また、1996年に国王から1億5000万米ドルの支援を受けて設立された衛星放送、アル・ジャジーラの存在も見逃せません。ウサーマ・ビンラディンのメッセージの映像を独占放映や、アフガニスタン国内からの戦争の実況中継、イラク戦争に関する独自の報道などで世界的にも注目を集めたことは有名ですが、アラブ世界では「公正で政治的圧力を受けない、中東の唯一の報道機関」として高く評価されています。実際、多くのアラブ諸国では政府批判がタブー視されているため、アラブの一般市民にとってはアル・ジャジーラが貴重な情報源となっています。したがって、アル・ジャジーラの本社が置かれているドーハは、アラブ世界への情報発信基地としてもきわめて重要な存在だといえるのです。

 今回の「アラブの都市の物語」では、そうしたドーハの過去と現在を物語る切手をいくつかご紹介しています。機会があれば、是非、ご一読いただけると幸いです。
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