内藤陽介 Yosuke NAITO
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 大日本帝国の終焉:予告編(2)
2005-07-30 Sat 09:46
 昨日に引き続き、来週の展示の予告編。今日は硫黄島の星条旗を取り上げた切手です。

 硫黄島の星条旗

 1945年2月18日、米軍は硫黄島への上陸を開始。以後、3月22日の日本軍玉砕にいたるまで、軍事史上稀な激戦が展開されました。

 硫黄島といえば、切手にもなったジョー・ローゼンソールの写真が有名ですが、この写真の星条旗は、擂鉢山占領直後のものではなく、その後に撮り直したものです

 実は、最初の星条旗が掲揚された後、視察のために訪れた海軍長官が国旗を記念に持ち帰りたいと言い出したため、憤慨した現地の将兵たちは、最初に掲げられた国旗は部隊で保管し、別の国旗を代わりに掲揚して、長官に渡すことにしたのです。

 ローゼンソールの写真は、そのときの模様を撮影したもので、「弾丸の飛び交う中での国旗掲揚」という事実と異なるコメント付で新聞に掲載されると、アメリカ国内で異様な興奮を巻き起こします。また、写真の6人が、ニューイングランドの紡績工、ケンタッキーのタバコ農夫、ペンシルバニアの炭鉱夫の息子、油田地帯テキサスの元学生フットボールのスター選手、酪農地帯ウィスコンシンのカトリックの青年、アリゾナのアメリカ先住民といった具合に、アメリカ社会の各地域・各階層(この時代は、まだ、アジア系やアフリカ系はアメリカ社会の正当なメンバーとはみなされていませんでした)にまたがっていたことも、国民をいっそう興奮させる要因になったことは間違いありません。

 こうして、一種の“宗教画”ともなったこの写真は、はやくも1945年3月7日、後に駐日大使となるマンスフィールド下院議員の提案で、戦時国債募集のポスターに採用されます。そして、5月9日(ドイツ降伏の翌日)から7月4日(独立記念日)までの約2ヶ月間にわたって行われた戦時国債募集のキャンペーンでは、この写真の影響もあって、当初目標の2倍にもあたる26億3000万ドルもの金額が集まりました。ちなみに、翌1946年度のアメリカ政府の総予算は56億ドルです。

 こうした状況の中で、“硫黄島の星条旗”は、きたるべき日本との本土決戦に備えて、国民の戦意高揚をはかるため、1945年7月11日には切手にも取り上げられます。大統領であっても存命中は切手に取り上げないというアメリカの不文律は、国民の興奮の前に、あっさりと覆されたのでした。

 もっとも、戦意高揚のために発行された“硫黄島の星条旗”でしたが、発行から1月後の8月には日本が降伏します。このため、現在では、なんとなくアメリカの戦勝記念のようなイメージでとらえている人も少なくないようです。

 来週の土・日、8月6・7日に東京・大手町のていぱーく(逓信総合博物館)で開催のサマーペックス では、この切手を含めて、終戦前後の日本の状況をたどった作品「大日本帝国の終焉」を展示します。両日とも、14:30からは展示の簡単な解説も行いますので、是非、お運びいただけると幸いです。
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この記事のコメント
#189 「硫黄島の星条旗」映画化
ブラッドリー&パワーズ作「硫黄島の星条旗」文春文庫・2001年は2005年にも増刷されていますが、クリント・イーストウッド監督で映画化されるようですね。アメリカ側からのものと日本側のものと2本になるようです。
2006-05-30 Tue 00:30 | URL | 岡本 哲 #mQop/nM.[ 内容変更] | ∧top | under∨
 岡本哲様
 情報ありがとうございます。原作では、硫黄島の星条旗でヒーローに祭り上げられた4人のその後の苦悩がポイントになっていますが、映画ではどうなんでしょうね。なんだか、単純なヒーローものになってしまいそうで、ちょっと不安です。
2006-06-07 Wed 07:42 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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