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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 大日本帝国の終焉:予告編(5)
2005-08-02 Tue 09:54
 1945年8月10日、日本政府はポツダム宣言受諾の方針を連合国側に伝えますが、このとき、連合国側の圧倒的多数の人々は、まだまだ日本との戦争はしばらく続くものと思っていました。このため、彼らにとって日本の降伏は唐突なものとして受け止められ、準備も整わないまま、急遽、日本占領のために動員されるということも少なくありませんでした。

 そうした連合国側の混乱を物語っているのが、このカバー(封筒)です。ちょっと大きいので、肝心の部分が見えるように折りたたんでお見せしましょう。

チリ宛カバー

 このカバーは、戦争末期の1945年7月25日、アメリカの商船ジョン・ビッドウェル号はチリのバルパライソ(サンティアゴの外港)に向けてニューヨークを出港します。船は、郵便物を含むあらゆる種類の荷物を積み、南米各地に寄港した後、8月30日にバルパライソに到着する予定でした。

 ところが、航海途中の8月15日、日本の降伏が公式に発表されます。このため、アメリカは、急遽、大量の人員と物資を日本占領のために振り分けなければならなくなり、多くの商船がそのために徴発されます。ジョン・ビッドウェイ号もその1隻でした。

 こうして、突如として行き先を変更することになったジョン・ビッドウェル号ですが、その際、どういうわけか、積荷の中の郵便物は船内に取り残されてしまいました。その後も、このとき搭載されていた郵袋(郵便物の入った袋)は忘れられたまま放置されます。こうした状況は、アメリカによる日本占領が1952年に終わった後、さらに、第二次大戦の英雄だったアイゼンハワーの政権(1953年に大統領に就任)が終末を迎えようとしていた1960年まで続きます。

 さて、1960年になって、老朽化したジョン・ビッドウェル号は取り壊されることになりましたが、その際、船内をチェックしたところ、ようやく、1945年7月に積み込まれた郵袋が発見されました。そして、忘れられていた郵便物も、15年ぶりに配達されることになりました。

 郵便物の配達に際して、チリ郵政は受取人に対して事情を説明するため、「この郵便物は、ジョンビッドウェル号に搭載されていたため、1945年から1960年まで、配達が遅れました」という趣旨の角型のスタンプを郵便物の上に押しています。

 程度の差こそあれ、日本だけでなく、アメリカもまた、終戦時には大いに混乱していたのだということを教えてくれる興味深いマテリアルといってよいでしょう。

 さて、今度の土・日曜日、8月6・7日に東京・大手町のていぱーく(逓信総合博物館)で開催のサマーペックス では、このカバーを含めて、終戦前後の日本をめぐる状況をたどった作品「大日本帝国の終焉」を展示する予定です。両日とも、14:30からは展示の簡単な解説も行いますので、是非、お運びいただけると幸いです。
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