内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 台湾の帰属
2007-02-28 Wed 00:46
 台湾現代史の最大の悲劇、228事件から今日でちょうど60周年です。というわけで、今日は台湾ネタの中から、この1枚を持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます。)

カイロ会談

 これは、1995年に抗日戦争勝利および台湾光復50周年を記念して発行した小型シートで、上部には、日本敗戦後、台湾と澎湖諸島を中国に返還するとの連合諸国の方針を決めたカイロ会談の写真が取り上げられています。

 1943年11月、ルーズヴェルト、チャーチル、蒋介石が連合国としての対日方針を話し合うためにカイロ会談を行い、12月1日にいわゆる“カイロ宣言”を発したことは広く知られています。

 ところが、このとき発表された文書の正式名称は “Cairo Communiqué(カイロ・コミュニケ)”となっており、正規の外交的な宣言というよりも、プレス・リリースという位置づけになっています。したがって、“カイロ宣言”には、なんら法的な拘束力がないということになります。

 このため、日本の敗戦後、中華民国が戦勝国の一員として台湾を占領するのはともかく、同国が台湾を正式に自国の領土として編入するためには、住民投票を行い、台湾住民の意思を確認したうえで、条約などの正規の手続きを経て日本から領土の割譲を受ける必要があります。

 ところで、日本の敗戦後、台湾に進駐してきた中国国民党政府の官僚や軍人たちは腐敗・汚職がひどく、その政策は、物価高騰や失業の深刻化、治安の悪化などをまねく惨憺たるものでした。こうした状況の下で、1947年2月27日、台北市でヤミタバコを販売していた老婆を国民党政府官憲が発見し、暴行を加えた上、商品と所持金を没収するという事件が起こると、かねてから国民党の台湾支配に不満を持っていた市民の怒りが爆発。自然発生的な暴動が台湾全土を覆うことになります。

 当初、国民党政府は本省人(戦前から台湾に住んでいた華人。先住民は普通は含まない)に対して対話の姿勢を示して時間を稼いだ上で、翌3月、大陸から第21師団を派遣して、本省人に対する大規模な弾圧を開始。裁判官・医師・役人をはじめ日本統治下で高等教育を受けたエリート層の多数が逮捕・投獄・拷問され、約3万人が犠牲になったといわれています。

 さて、228事件の後、国民党政府は台湾支配を強化するために台湾省を設置。さらに、1949年には国共内戦に敗れて同政府が台湾に移転してきたため、国民党政府による恐怖支配の時代は、事件から40年後の1987年に戒厳令が解除されるまで続くことになります。

 なお、1951年に日本が連合国と締結した平和条約では日本の「台湾・澎湖諸島における権利、権利名義と要求の放棄」が規定されていましたが、その後の台湾の帰属先に関しては規定がありません。さらに、台湾に逃げ込んだ国民政府と日本政府が結んだ日華平和条約でも、「台湾における日本の領土権の放棄」は明記されているものの、ここでも台湾の帰属先については規定がありません。もちろん、台湾が北京政府の支配下に置かれるなんて条文がありっこないのは当然です。

 ちなみに、かつて中国共産党は228事件を国民党政府攻撃の格好の材料として、さかんに“国民党政府に対する台湾人民の英雄的抵抗”を賞賛していましたが、彼らがチベットや東トルキスタンなどで同じようなことを現在なおやっていることが国際的に問題視されるようになると、いつの間にか、228事件についても、積極的な発言は控えるようになっています。
スポンサーサイト

別窓 | 台湾:李登輝時代 | コメント:4 | トラックバック:0 | top↑
<< 満洲国建国75周年 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  切手で世界旅行:エアーズロック>>
この記事のコメント
#526
はじめまして。
こちらのサイトを見つけて非常に熱中して読ませていただきました。
たまたま主人の小さい頃のストックブックをめくり、切手とは奥深いものだと感じまして、その事をブログに書きました。
是非こちらのブログを<参考>として記事内に追記したいと思っております。よろしいでしょうか?
2007-02-28 Wed 14:59 | URL | ちょびあ~の #f67BpHN6[ 内容変更] | ∧top | under∨
 ちょびあ~の様

 はじめまして。僕のブログを気に入ってくださったようで、とても嬉しいです。

>> 是非こちらのブログを<参考>として記事内に追記したいと思っております。

 もちろん、よろこんでOKです。これを機会に、これからもよろしくお付き合いください。
2007-02-28 Wed 15:37 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
#530
台湾の人たちのアイデンティティは日本人が考える以上に複雑なようで。
台湾人=台湾に住んでいる中国人、という考え方は成り立たなくなっているのでしょうか。
私、個人的には「中華民国」という国には非常に親しみを抱いているのですが、民進党政権になってから中国色を払拭しようとしていますね。
228事件の記念切手から国名表記が「台湾」になってしまいましたね。
陳総統は企業名等から「中国」「中華」を全て取り払う方針のようですが、個人的には反対です。
良くも悪くも、「中国」ブランドを捨ててしまうのですから。
漢字の分かる中国人や日本人には「中国」あるいは「中華」が「台湾」に替わっても「台湾」だと理解できますが、「TAIWAN」は欧米人にはあまり
分からないと思います。
名前だけ取ってみれば、「CHINA」あっての「TAIWAN」だと思うのです。
長年築き上げた「中華」「中国」の商品価値を捨て去る経済的、政治的損失は大きいと思います。
「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」みたいで、国民党憎さの行動のようにも思えます。
1940年代から50年代にかけての国民党の失政は大きいものですが、現在の「台湾」があるのは「国民党の中華民国」があってのものではないでしょうか。
「中華民国」が移って来なかったら共産政権に併合されていたでしょうし、「台湾」として独立していたとしても、どうでしょうか。今ほどの経済発展は無かったと思うのですが。
今の、陳総統の政策は韓国のノムヒョン大統領の政策と似ているように感じます。
自身の失政の目を過去の国民党の失政に向けようとしています。
韓国が、「日帝」時代の「協力者」や朴大統領時代を糾弾しているように。
そのうち、民進党政権も日本に植民地時代の損害賠償を求めて来るのでしょうか。
余談ですが、私が個人的に最も好きな歌はテレサテンの「梅花」という曲で「梅」は中華民国の国花です。
美しい梅の花は中華を象徴しています。偉大な中華万歳!みたいな内容の歌詞です。
2007-03-01 Thu 23:39 | URL | えびす #mQop/nM.[ 内容変更] | ∧top | under∨
 えびす様

 いつもありがとうございます。

 僕は個人的には、かつて存在した“台湾民主国”というのが語感としては好きなのですが…。それはさておき、いわゆる本省人にしろ、外省人にしろ、基本的には華人ですから、“中国”との絆を断ち切ってしまうのは無理でしょうね。非中華系の先住民を含めて、ひとしく台湾に居住する人々が平等に参画できる社会という意味で、台湾国家というものができれば別でしょうけれど。

 陳水偏のいささかヒステリックな対応は、時々、どうかとも思いますが、盧武鉉閣下と一緒にしてしまうのはちょっとかわいそうな気もします。

 ただ、最近、香港のことをいろいろと調べている過程で、日本人の標準的な理解では、孫文と国民党はちょっと過大評価されすぎ(そのあおりを食って、散々な評価になっているのが、同じく国民党の蒋介石ですが)、という気がしないでもありません。

 何だか、取りとめのない話しになってしまいましたが、これからもよろしくお付き合いください。
2007-03-08 Thu 22:15 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/