内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 禁煙と無煙
2007-03-13 Tue 09:34
 2008年の北京五輪が“無煙(ノースモーキング)五輪”となる方向で進んでいるそうです。で、ひねくれ者の僕としては、“禁煙”ではなくて“無煙”という表現が使われていることに反応してしまって、こんな葉書を引っ張り出してみました。(画像はクリックで拡大されます)

禁煙拒毒

 この葉書は、1941年5月に満洲国で発行されたもので、表面下部に“アヘンを禁じることが民族の復興につながる”という趣旨の「禁煙拒毒 復興民族」という標語が入っています。

 ここでいう“禁煙”とは、われわれが日常的に使う意味での禁煙ではなくて、アヘンの吸引をやめるということです。

 満州におけるアヘン栽培の歴史は古く、日露戦争後には地元の農民によって大規模なアヘン栽培が行われていたことが関東州民政署の記録にも記されています。

 1932年11月、建国間もない満州国政府はアヘン専売公署を設置するとともにアヘン法を公布し、大豆(満州国最大の輸出商品)の3倍の利益をもたらすともいわれたアヘンの専売に乗り出します。その一方で、満州国政府はアヘン中毒者の根絶を目指してアヘン禁止政策を打ち出したものの、1941年に太平洋戦争が勃発すると対外支払いにはアヘンが使われるようになり、かえってケシの栽培は拡大していきました。

 こうした状況では、アヘン中毒者の根絶は現実の問題として非常に困難で(ほかならぬ皇帝溥儀の皇后婉容が重度のアヘン中毒であったことは広く知られています)、満州国政府としても、はがきという国民に身近な媒体を用いてアヘン吸引の禁止を呼びかけざるを得なかったわけです。

 ちなみに、このとき発行された葉書の標語には、日本語のものと中国語のものがありますが、“禁煙”に関しては中文の標語だけで、和文の標語がありません。これは、アヘン中毒者の多くが中国系の住民(“満人”と呼ばれていた)であったという事情によるものでしょう。

 なお、この葉書を含め、満洲国で発行された標語入りのはがきについては、拙著『満洲切手』でいろいろと論じてみましたので、ご興味をお持ちの方は是非ご一読いただけると幸いです。
スポンサーサイト

別窓 | 満洲国 | コメント:0 | トラックバック:1 | top↑
<< 英雄/テロリスト図鑑:ホメイニー | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  脚相撲>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
高樹千佳子に初ロマンス!!イケメン男性と“アツアツ”渋谷デート …
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/