内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ブーゲンビルへ届かなかった手紙
2007-04-07 Sat 00:51
 昨日(6日)の午後、無事に香港から帰国しました。香港にいる間はパソコンに取り込んである画像の中から、適宜選択して、その日の気分で記事を書いていたので、時事ネタ的な内容からはすっかり遠ざかっていたのですが、遅ればせながら、この1週間で一番大きな出来事、ソロモン諸島の地震に絡めてこんなカバーをご紹介しましょう。(画像はクリックで拡大されます)

ブーゲンビル宛カバー

 これは、太平洋戦争が始まって間もない1942年1月10日にニュージーランドからブーゲンビルのブカ島宛に差し出されたものの、この地域一帯が日本軍との戦闘に巻き込まれていたため、配達不能で差出人に返送されたカバーです。

 ブーゲンビルはソロモン諸島の中で最大の島で行政的にはパプアニューギニア領に属します。太平洋戦争中の激戦地で、1943年4月には、連合艦隊司令長官の山本五十六が同島上空で、米軍機に撃墜され戦死したことでも知られています。

 第2次大戦後はパプアニューギニアに編入されましたが、1975年、世界最大の銅山パングナに関して住民が補償を求めて行った抗議運動が発端となって、パプアニューギニアからの分離・独立運動が発生。1988年以降は分離独立を求めるブーゲンビル革命軍(BRA)が銅山妨害の運動を開始し、パプアニューギニア政府との間で内戦に発展しました。

 内戦は1998年に停戦合意が成立するまで続きましたが、2005年6月には自治政府が発足。ブーゲンビル本島が内戦で大きな被害を受けているため、自治政府の活動は、同島の北にあるブカ島(今回のカバーの宛先です)が中心になっています。

 ちなみに、昨年(2006年)10月には、自治政府の大統領以下、閣僚が訪日し、靖国神社も参拝したとか。復興支援に関しては国としてのソロモン諸島ばかりがクローズアップされているようですが、ブーゲンビルは、かつて日本軍が戦った激戦地でもありますし、なによりも震源地で被害も大きいでしょうから、自治政府への復興支援というのも忘れないでほしいものです。

 さて、いよいよ本日(7日)、10:30ごろから、東京・目白のカルチャービルにて行われる切手市場会場内にて、僕の最新刊『沖縄・高松塚の時代』の即売・サイン会を行います。切手市場ならではの特典もご用意しておりますので、是非、遊びに来てください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。
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