内藤陽介 Yosuke NAITO
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 続・外国切手の中の中国:最終回
2007-05-06 Sun 00:49
 ご報告が遅れましたが、日本国際貿易促進協会の発行する週刊紙『国際貿易』の4月24日号に、僕の担当する「世界の切手で見る中国」の第6回目(最終回)が掲載されましたので、ご報告いたします。今回取り上げたのは、こんな切手です。(画像はクリックで拡大されます)

日中海底ケーブル

 これは、1976年10月25日に発行された「日本・中国間海底ケーブル開通」の記念切手です。

 1972年の日中国交正常化後、日中間の通信量が増大することが予想されたため、既存の電気通信施設、衛星通信路(東京=北京間、東京=上海間)、バックアップ用の短波無線連絡に加えて、海底ケーブルが敷設されることになりました。このため、1973年5月4日に日本の郵政省と中国の電信総局の間で「日本・中国間海底ケーブル建設に関する取極」が取り交わされます。これは、国交正常化後、日中間で結ばれた最初の「実務協定」でした。

 通常、国際通信回線の建設工事に関しては、事業者(当時は国際電信電話会社=KDD、現・KDDI)が郵政大臣の認可を受けて相手国の建設業者と協定を結ぶことになっていますが、今回は、具体的なケーブル建設保守協定をKDDと締結するための前提として、両国の電気通信主管庁間で基本的な了解を取りまとめておきたいとの中国側の意向により、こうした変則的な形式が取られています。また、この「取極」は実質的には二国間協定と同等のものでしたが、「協定」は外務省の所管で国会承認も必要なことから、スムースな回線工事の実施のため、あえて、協定ではなく、取極という形式が取られました。

 この取極を受けて、実務担当者としてのKDD(国際電信電話会社、現・KDDI)と上海郵電管理局が1974年5月に建設保守協定を締結。以後、本格的なケーブル工事が始まります。

 その結果、建設費用60億円をかけて、熊本県天草郡苓北町=上海市南匯間の約850キロを結ぶ電話480回線のケーブルが敷設され、1976年10月25日に開通式典が両国で開催されました。

 今回ご紹介の記念切手は、この開通式典にあわせて発行されたものです。なお、この切手の詳細については、拙著『沖縄・高松塚の時代』でも解説していますので、是非、ご覧いただけると幸いです。

 さて、2005年4月~2007年3月号の2年間にわたってNHKラジオ中国語講座のテキストで続けていた「外国切手の中の中国」の続編としてスタートした「世界の切手で見る中国」も、今回で最終回となりました。いままでご愛読いただきました皆様には、この場をお借りして、お礼申し上げます。

 【飛鳥美人の救出まであと4日】
 5月10日、劣化の激しい高松塚古墳・西壁壁画“飛鳥美人”の取り外し作業が始まります。この壁画の発見当時の美しい姿を再現した「高松塚保存基金」の切手(1973年3月発行)と、当時の高松塚ブームならびに切手ブームについては、拙著『沖縄・高松塚の時代』をご覧ください。
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この記事のコメント
こんにちは!
この記念切手発行にかかわる日中間共同事業を取り上げた『日中間海底ケーブルの戦後史』を刊行してから2カ月あまりが過ぎます。図書館ででも、お目通し下さい。
2015-04-25 Sat 21:31 | URL | 貴志俊彦 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
・貴志俊彦 先生
 ご無沙汰しております。刊行時にアマゾンで入手したものの、雑事に追われて積読状態が続いており、心苦しいばかりです。次にお会いできる時までには、なんとか拝読し、勉強させていただきたく存じます。
2015-08-23 Sun 23:26 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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