内藤陽介 Yosuke NAITO
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 インドが敵国だった頃
2007-05-24 Thu 00:24
 今年は日印交流年ということで、昨日(23日)は記念切手も発行されました。というわけで、今日は“日印”がらみということでこんなものを持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

ビルマ宛差出人戻し

 これは、第2次大戦末期の1945年7月15日、南インドのナチャプランからビルマ宛に差し出されたものの、郵便物取扱停止中のため、差出人に返送されたカバーです。カバーの中央には、そのことを示す“SERVICE SUSPENDED RETURN TO SENDER”の印が押されています。

 1941年12月の日英開戦に伴い、イギリスならびに英領地域から日本の勢力圏内への郵便物の取り扱いは停止されました。これは、日本占領下のビルマに関しても同様です。

 大戦末期の1945年3月、イギリス軍とアウンサン将軍ひきいるビルマ軍は日本軍に対して総攻撃をかけ、5月1日にはラングーンを解放します。これに伴い、イギリス軍は解放地域で軍政を施行し、郵便に関してはBritish Military Administrationを意味する“BMA”加刷の切手が使用されました。

 ところが、その後も1945年9月2日に日本軍が正式に降伏するまでは、ビルマは“日本占領地域”とみなされていたためか、ビルマ宛の郵便物は“敵国宛”として取り扱いが停止されていました。今回ご紹介しているカバーはそうした時期のもので、差出人戻しとなっています。

 余談ですが、僕の手元には、ほぼ同じ時期にイギリス軍政下のビルマからインド宛に差し出され、無事に宛先まで届けられているカバー(いずれ、機会を見つけてご紹介しましょう)というのもあります。ビルマ→インドの郵便がOKなのに、インド→ビルマの郵便がダメというのも、戦争末期の混乱を示していて、なかなか興味深いですね。
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この記事のコメント
ですね。自国の影響下にあるのに、敵国扱い。
 戦時カバーの複雑さを感じました。
2007-05-24 Thu 20:28 | URL | muraki #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 miraki様

 このアタリの複雑さが、フィラテリーの面白さですよね。
2007-05-26 Sat 08:08 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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