内藤陽介 Yosuke NAITO
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 今夜はカウントダウン
2007-08-30 Thu 01:21
 マレーシアは明日(8月31日)、独立50周年の記念日ということで、今夜は主要都市ではカウントダウン・イベントが行われるそうです。というわけで、今日はこんなものを持ってきてみました。(画像はクリックで拡大されます)

マラヤ連合

 これは、1946年6月8日、英領植民地・統一図案の戦勝記念切手として発行が計画されていたものの、不発行に終わったマラヤ連合の切手です。

 第二次大戦以前、イギリス支配下のマレー半島は、①ペナン、マラッカ、シンガポールを中心とした直轄の海峡植民地、②スルタンを通じて間接統治を行うマレー連邦州(ペラ、セランゴール、ネグリ・スンビラン、パハン)と、③マレー連邦への加盟を拒否したスルタンの非連邦州(ジョホール、クランタン、ケダ、トレンガヌ)に分かれていました。

 第2次大戦中、これらの地域は日本軍に占領されましたが、戦後、日本軍が撤退するとイギリスは植民地支配の再開にあたって、シンガポールを除くマレー半島をすべてマラヤ連合として統合しようと考えます。このときのマラヤ連合の構想では、スルタンの権限を縮小し、各州に配置される英国人知事が行政を担当することになっていたほか、中国系やインド系を含むすべての人種に平等な市民権を与えるなどの方針となっていました。

 このため、人口的には多数派を占めていながら、経済的には少数派の華人の後塵を拝し続けてきたマレー人は、イギリスの提案した“平等”に猛反発。このため、一応、1946年にマラヤ連合は発足したものの、イギリスは翌1947年にマラヤ連合との間でマレー人の特権を認める連邦協定を結び、1948年にマラヤ連邦が発足します。そして、以後10年間の独立運動を経て、1957年8月31日にマラッカでマラヤ連邦の独立が正式に宣伝されることになるのです。

 今回ご紹介の切手は、こうした事情の下で1946年に発行が計画されていたものですが、マラヤ連合構想へのマレー人の反対が強かったことから、結果的にお蔵入りとなりました。

 10年前の独立40周年のとき、たまたまクアラルンプールにいた僕は、独立記念日の前夜祭としてムルデカ広場で行われたカウントダウン・コンサートに行き、シーラ・マジッドをはじめ、かの国の一流ミュージシャンたちの演奏を聞いて非常に感激した記憶があります。今年もまた、同じようなコンサートがあるんでしょうねぇ。行きたかったなぁ。
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この記事のコメント
#935 植民地化の下心とその実情
 元々3分割されていた地域を、日本の一括占領を利用して一元支配しようともくろんでいたものの、地元のスルタンやマレー人と利害関係が衝突、結局地元マレー人中心の新体制の成立と、マレーシアの歴史は、植民地支配による不自然な多民族社会に影響されざるを得なかったと思います。これが華人中心のシンガポール独立につながるわけで、「多民族国家の成立と勢力のバランスの取り方」という点で、マレーシアの歴史は興味深いと思います。
 今回の切手は、マラヤ連邦成立をもくろみ準備万端の上、頓挫した切手で、世の中は下心通りに行かないことを示した一枚だと思います。

 数年前、家族旅行で台北で新正月を迎えたとき、ホテル近くの総統府前広場では年越しカウントダウンコンサートが行われていたようでした。その模様がテレビ中継されていましたが、旅先の記念イベントは、心躍るものだと思い返しています。
2007-09-01 Sat 08:30 | URL | muraki #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 muraki様
 年越しのカウントダウン・イベントもいいですよね。僕は毎年、4月に『解説・戦後記念切手』シリーズを出している関係で、年明けが本文原稿の〆切。よって、年末年始は原稿を書きながらの年越しという状況が続いています。
2007-09-06 Thu 10:39 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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