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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 沖縄返還と切手投機
2007-10-07 Sun 07:44
 昨日(6日)、1969年11月の佐藤=ニクソン会談の際、返還後の沖縄に米軍が有事の際に核兵器を持ち込むことを認めた“密約”が交わされていたことを裏付けるアメリカ政府の公文書が見つかったそうです。というわけで、今日はこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

沖縄・返還協定批准

 これは、1972年4月17日、返還協定の批准を記念して発行された琉球切手です。

 アメリカ施政権下の沖縄では、1948年7月1日から“琉球郵便”の表示の入った正刷切手が発行・使用されていましたが、これらの沖縄切手も、復帰から20日間の移行期間を経て、1972年6月3日限りで使用禁止となりました。これに先立ち、本土への復帰を前にした1971年12月10日、琉球政府郵政庁は突如、1972年1月10日をもって沖縄切手の通信販売の受付を停止すると発表します。

 その後、復帰までの間に新切手が発行されなければ何も問題はなかったのですが、実際には、郵政庁は“海洋シリーズ”をはじめ、新たな記念特殊切手を発行し、その発売を窓口に限定してしまったことから、混乱が生じ、伊藤淳也の切手投資センターを中心とした切手投機の集団が暗躍することになりました。

 1969年から1970年にかけて、大阪万博を契機とした好景気が日本中を覆う中で切手ブームが到来すると、一部の記念切手の市価が大幅に値上がりし、そのことがマスコミなどで批判的に取り上げられることが少なからずありました。このため、批判を恐れた郵政省は、記念切手の発行枚数を大幅に増やし、市価の“暴騰”を防ごうとしました。

 このため、それまで投機的な思惑買いをしていた一部業者の中には、郵政省の施策によって日本の新切手の値上がりが期待できないと判断し、“投資”の対象を日本切手から沖縄切手へとシフトする者が出てきます。彼らは、本土復帰を前に琉球政府郵政庁が通信販売の受付を停止したことを奇禍として、“入手困難な沖縄切手”を一般向けに大々的に宣伝。1958年10月18日発行の「守礼門復元記念」の切手を中心とした沖縄切手の投機的な売買を仕掛けていきます。この結果、三越をはじめとする有名百貨店では切手投資センターを中心とした大掛かりな即売会が開催され、“沖縄切手ブーム”がマスコミなどを通じて大々的に報じられるようになりました。

 こうした動きに煽られるかのように、1972年4月17日に今回の記念切手が発行された際には、郵政庁の窓口に本土から飛行機をチャーターしてやってきたブローカーやデパート関係者、彼らに切手を売って利益を得ようとする地元民が殺到し、切手の入手をめぐって怒号が飛び交っていたといわれています。また、郵政庁近隣の路上には「切手高価にて買います」との張り紙をした車が並び、札束を持ったブローカーが額面合計10ドルの切手を、すぐさま30ドルで買いあさるという光景もみられました。

 しかし、1種類で300万枚も発行された切手が大きく値上がりするということは常識的に考えられないことで、こうした沖縄切手のバブル相場は沖縄の本土復帰から1年がすぎた1973年5月ごろにははじけてしまいます。切手経済社(社長:矢沢敬一郎)が、1973年6月14日と15日の2回にわたって、それぞれ1000万円と160万円の不渡り手形を出して倒産したように、破綻する投機業者が相次ぎました。

 なお、沖縄返還前後の切手投機に関する詳細は、拙著『沖縄・高松塚の時代』でも解説していますので、よろしかったら、ぜひ、ご一読いただください。
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この記事のコメント
#1030 「政治の季節」の時代と切手
 興味深いことに、この「返還協定批准」切手が「日本切手」では発行されず、「琉球切手」のみ発行されているのは、「本土」と「沖縄」の「温度差」が感じられます。また、この切手の発行時に沖縄全逓が発行阻止の行動に出ようとしたものの、切手ブームに圧倒されて実行できなかった(『日本切手専門カタログ』1982年版p371)とのことで、当時全逓の背後にあった野党勢力がこの返還協定に不信感を持っていたことを裏付けているようです。

 なぜ不信感を持っていたかですが、今回「確認」されたアメリカ政府の公文書は、変換交渉時に米軍が有事の際に核兵器を持ち込めるようにしたのみならず、本来無償で返還しても良いはずの、占領下に米軍が作った民生用の公共施設を、日本が実質的に肩代わりする事なども含め密約したからです。(これは、アメリカが国内の経済事情で負担を避けたいという事情からです。)
 この事実を当時毎日新聞記者だった西山氏が嗅ぎつけ、社会党議員2名に知らせたことから1972年3月に国会で暴露されました。しかし、入手経路が外務省女性事務官との情交関係からだったことから、世論は毎日新聞への非難に傾き、結局西山氏は休職処分、毎日新聞は経営的にも大打撃を受けることになります。こうして真相究明は尻つぼみになったものの、1994年刊行の当時の担当者若泉敬氏の『他策ナカリシヲ信ゼント欲ス』や、2002年米国公文書館の機密指定解除に伴う公開、2006年2月北海道新聞に掲載された当時の外務省アメリカ局長吉野文六氏の証言等によって秘密協定の内容が次第に明らかになりました。(この事件はテレビドラマ化・劇場公開された澤地久枝さんの『密約 外務省機密漏洩事件』や、現在連載中の山崎豊子さんの『運命の人』の題材なっているようです。)

 政府、沖縄全逓とも、実力行使によってのみ問題を解決しようとした「政治の季節」を感じさせます。(なお、沖縄全逓に関するカバーや、あり得るはずのない「日本本土」から出された琉球切手と日本切手の混貼カバーが、このHPに載っています。http://www2.tokai.or.jp/m.mato/sub03.htm

 今回、内容を把握させていただくためにウィキペディアやgoogleでいろいろ調べさせていただき、それを参考にさせていただきました。内藤先生のこのブログの内容が、あまりに多岐にわたっていて、先生の博覧強記ぶりになかなかついていけないと感じる今日この頃です。
 長文失礼しました。
2007-10-08 Mon 11:20 | URL | muraki #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
 muraki様
 博覧強記なんてほめすぎですよ。僕の場合は、ただ、広く浅く、つまみ食い的に雑学の知識があるだけですから。
2007-10-11 Thu 00:36 | URL | 内藤陽介 #-[ 内容変更] | ∧top | under∨
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