内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 首領様の脱北
2007-11-16 Fri 08:47
 今日(16日)は19:30から、東京・新宿のロフトプラス1で、恒例のトークショー、先軍ナイト-北鮮祭に出てきます。今回のキャッチコピーは、そろそろ冬が来て中朝国境の豆満江・鴨緑江が凍ることにちなんで、「まもなく脱北シーズン到来! 中朝国境沿いの写真から北朝鮮の現実をウォッチング」です。というわけで、今日はこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

金成柱少年

 これは、1969年に北朝鮮で発行された金日成の少年時代を題材にした切手の1枚で、「祖国解放の大志を抱いて鴨緑江をわたる金日成少年」が描かれています。元の絵は、いわゆる革命絵画(=プロパガンダ絵画)としては有名なもので、北朝鮮側の説明では「(金日成は)14歳のときに祖国解放をめざして鴨緑江を渡り、2年後には中国東北の吉林で共産主義青年同盟を組織、朝鮮革命のたたかいに加わる」ということになっています。

 もっとも、歴史的事実としては、1912年4月、平壌郊外の万景台の農家に生まれた金日成は、12歳で家族とともに満州へ移住し、撫松小学校、華成義塾を経て、吉林毓文中学校に進学しており、14歳のときに1人で朝鮮から満洲に渡ったわけではありません。なお、彼は吉林毓文中学校に在学中、共産主義に興味を持つようになったとされていますが、当時の金日成少年が共産主義を真に理解していたか否かについても大いに疑問があります。そもそも、当時の彼は本名の金成柱で生活しており、伝説の英雄にあやかって金日成と名乗ることさえしていないのですが…。

 まぁ、北朝鮮当局の語る彼らの歴史に関しては突っ込みどころが満載で、いちいちあげつらっていてはキリがないのですが、中朝国境を流れる鴨緑江・豆満江の大河が冬にはこの絵画のように凍りつくことだけは事実なのでしょう。

 当然のことながら、現在の北朝鮮政府は国境の川を渡って中国側に逃れる“脱北者”と厳しく取り締まっているわけですが、彼らが「自分たちは、偉大なる首領様(=金日成)に倣って、祖国解放の大志を抱いて満州へ渡ったのだ」と主張したら、どう反応するつもりなんでしょうね。なにせ、かの国では“偉大なる首領様”は神に等しい権威を持っているわけですから…。まぁ、現実には四の五の言わさず収容所送りになるのがオチでしょうけど。

 さて、今夜の“先軍ナイト-北鮮祭”ですが、タイトルに似合わず、基本的には北朝鮮ウォッチャーのまじめなトークショーです。今回は、中朝国境沿いの最新の写真も交えながら、かの国の現状をいろいろと分析していく予定ですので、お暇な方はぜひ遊びに来てください。
スポンサーサイト

別窓 | 北朝鮮:金日成時代 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< スリンの象祭り | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  芦田均生誕120年>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/