内藤陽介 Yosuke NAITO
http://yosukenaito.blog40.fc2.com/
World Wide Weblog
 アラブの都市の物語:ガザ
2007-11-19 Mon 08:34
 NHKのアラビア語会話のテキスト12・1月号が出来上がってきました。僕の担当している連載「切手に見るアラブの都市の物語」では、今回はガザを取り上げました。その記事に使ったものの中から、今日は、こんなモノをお見せしましょう。(画像はクリックで拡大されます)

ガザ・イスラエル占領使用

 これは、第2次中東戦争(いわゆるスエズ動乱っていうヤツです)期の1956年12月25日、イスラエル占領下のガザで使用されたイスラエル切手です。

 イスラエル国家が建国される以前、現在のガザ地区はイギリス委任統治領としてのパレスチナ(英領パレスチナ)の一部でした。1947年、英領パレスチナをアラブ国家とユダヤ国家に分割する決議(パレスチナ分割決議)が国連で採択された際、ガザ地区はアラブ国家の領域とされます。

 翌1948年にイスラエルが建国を宣言すると、これを認めないアラブ諸国はイスラエルに対して宣戦を布告。ところが、彼らはパレスチナでのアラブ国家樹立を支援せず、エジプトとトランスヨルダンはどさくさに紛れて、旧英領パレスチナの一部を自国の領土に編入してしまいます。このとき、ガザ地区はエジプトに併合されました。

 その後、1956年に第2次中東戦争が勃発すると、イスラエル軍はあっという間にガザ地区を占領。今回ご紹介しているように、ガザ地区ではイスラエル切手が持ち込まれて使用されるようになります。

 第2次中東戦争は、エジプトがチラン海峡の封鎖を解除する代わりにイスラエルは背領地から撤退することでエジプト=イスラエル間の休戦が成立。ガザは再びエジプトの領土に復します。しかし、第3次中東戦争の結果、ガザは再びイスラエルに占領され、1993年のオスロ合意によって1994年にパレスチナ自治政府が発足するまで、およそ四半世紀にわたってイスラエルの占領が続けられました。

 今回の記事では、まもなく1987年12月にガザ地区でインティファーダが始まってから20周年になるのを機に、こうしたガザ地区の複雑な歴史を切手や郵便物を使って概観してみました。機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。
スポンサーサイト

別窓 | ガザ地区(エジプト統治下) | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< QEIIのダイヤモンド婚式 | 郵便学者・内藤陽介のブログ |  テルのリンゴから700年>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
copyright © 2006 郵便学者・内藤陽介のブログ all rights reserved. template by [ALT-DESIGN@clip].
/