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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 フランデレンとワロン
2007-12-20 Thu 14:17
 韓国の新大統領当選のニュースに隠れて地味な扱いですが、フランデレン(北部オランダ語圏)とワロン(南部フランス語圏)との政治的対立から、今年6月の総選挙以来、半年以上過ぎても新政権が樹立できなかったベルギーで、ようやく、来年(2008年)3月22日までの期限つき暫定連立内閣が成立することになりました。というわけで、今日はこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

ワロンとフランデレンの団結

 これは、1945年5月1日に発行された戦後復興のための附加金つき切手で、“ワロンとフランデレンの団結”が表現されています。

 1944年9月、ナチス・ドイツによる占領から解放されたベルギーでは、今回ご紹介の切手にあるように、国内の2大勢力であるワロンとフランデレンの宥和が強調されていましたが、現実には、北部のフランデレンに対して南部のワロンが優位に立つという構造が続いていました。これは、ベルギーが独立を果たした19世紀には、フランス語が権威ある国際語・文明語だと見なされており、ベルギーの指導者層がフランス語を話していたという歴史的経緯によるものです。当然のことながら、人口的に多数派を占めるフランデレンは常に不満を持っており、第2次大戦後、彼らへの配慮として両地域を分ける“言語境界線”が公式に設定され、フランデレンではオランダ語が公用語とされました。(ただし、首都ブリュッセルはオランダ・フランス両語が公用語)

 ところが、戦後の産業構造の変化により、工業・サービス業を中心とするフランデレンが目覚しい経済成長を遂げたのに対して、石炭・鉄鋼業を中心としていたワロンは衰退。これにより、両者の力関係は徐々に変化し、フランデレンの発言力が向上していきます。

 じっさい、ワロンでは失業率がフランデレンのほぼ2倍にのぼっていますが、言語の違いから、労働者の需給にギャップが生じても、南北間の人的交流が難しい上、フランデレンの中で和論語が通用する首都のブリュッセルでも、単純作業の低技能労働は安価な移民労働力によってまかなわれることが多いため、失業問題はなかなか改善されません。さらに、両者の経済力の差を反映して教育水準も異なっており(当然、フランデレンのほうが高い)、そのことが、ますます南北の格差を拡大させることになっています。

 こうしたことから、1970年以降、ベルギーでは4度の憲法改正が行われてフランデレンの地位向上がはかられ、ついに1993年の憲法改正により、単一国家の政体は放棄され、連邦制に移行しています。その後、一部ではベルギー国家そのものを解体して、フランデレンはオランダと、ワロンはフランスと、それぞれ合併したらどうかという議論さえ登場したほどでした。

 まぁ、ともかくも、今回は、ベルギーの国家分裂の危機だけは回避されたわけですが、この問題は当分、尾を引きそうですから、しばらく、ベルギーの切手をチェックし続けてみると、いろいろと面白いことが見えてきそうです。

 それにしても、我々は、選挙が終われば無事に新体制が発足すると考えがちですが、ベルギーのような先進国であっても、そうならないこともあるんですねぇ。昨日、大統領選挙が終わった某国の場合も、2月25日の新大統領就任式までの間に、“まさか”ということが起こらなければ良いんですが・・・。
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