内藤陽介 Yosuke NAITO
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 マスウード
2005-09-04 Sun 11:12
 アフガニスタン現代史の最大の英雄といえば、大統領のカルザイではなく、なんといってもアフマドシャー・マスウードでしょう。

 マスウードは1953年生まれで、1979年のソ連軍のアフガニスタン侵攻後、ムジャーヒディーン(ソ連と戦うイスラム戦士) のゲリラ戦を指揮し、“パンシェールの虎”の異名で国民の尊敬を集めました。

 1992年、ソ連の後ろ盾を失った共産政権が崩壊すると、マスウードはムジャーヒディーン政権の初代国防長官に就任しますが、ムジャーヒディーン政権は権力抗争から空中分解し、アフガニスタンは内戦に突入。こうした中で、1994年に登場したタリバンは、パキスタンとサウジアラビアの支援を背景に急速に支配地域を拡大していきます。これに対して、反タリバン諸派はいわゆる北部同盟を結成し、イランとロシア、中央アジア諸国がこれを支援するという構図が生まれます。

 マスウードは、北部同盟の指導者としてタリバンとの戦闘を指揮するとともに、欧州議会で北部同盟への支援を訴えるなど、精力的な活動を展開していましたが、2001年の米国同時テロ事件の直前に暗殺されてしまいました。

 さて、そのマスウードは、2003年にフランスで発行された切手に登場しています。

マスウード

 フランスがマスウードの切手を発行した真意は公式には明らかにされていませんが、おそらく、アメリカの中東政策に対する批判の意図が込められていたことは間違いないでしょう。

 タリバンと北部同盟の内戦が始まった当初、アメリカは、タリバンに対して同情的でした。これは、アメリカの“友好国”と認定しているパキスタンとサウジアラビアがタリバンを支援し、“敵国”のイランが北部同盟を支援していたためです。その後、タリバンがビン・ラーディンとの関係を深めていっても、アメリカはイラン封じ込め政策の一環として、北部同盟を積極的に支援することはしませんでした。

 同時多発テロ事件の後、アメリカは首謀者とされるビン・ラーディンを匿っているという理由でアフガニスタンを空爆。それに伴い、ようやく北部同盟を支援するようになり、アフガニスタンを実効支配していたタリバン政権を崩壊させました。 

 こうした経緯を見ていると、マスウードはまさにアメリカによって見殺しにされた英雄ともいえるわけで、イラク戦争に反対し続けたフランスとしては(そういえば、イラク戦争が起こったのは、この切手が発行された2003年のことです)、アメリカの拙劣な中東政策を批判する意図を込めてこの切手を発行したと考えるのが自然なように思われます。

 久しぶりにニュース でカンダハルなんて地名を聞いたんで、今日は、この切手を引っ張り出してみました。
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